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会員 大村 武雄 |
弁護士になって3年目の初夏の頃である。 |
修習当時の指導裁判官から電話があり「親戚の知人である農家Aさんが、不動産業者Xにいいようにされた。難しい事件なので話合いで解決してほしい。」とのことであった。 |
すぐにAさんに事情を聞いたところ、Aさんの住んでいる川崎郊外で宅地造成をしているXを信用したAさんは、代金をもらわずに1000坪以上の土地の所有権移転登記をしたが代金を払ってくれない。土地は売られてしまい、他の土地を渡すと言われたが一向に話が進まない、Xが渡すという土地は、同じ集落の農家BさんがXに売った土地らしいということだった。
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早速Aさんが売却した土地を調査し、Aさんの自宅を訪れた。農家の事件は初めてなので、どのように対処したらよいのか戸惑いがあった。Aさんの自宅には、大きな池のある広い庭があり、手入れの行き届いた庭木や草花が植えられていて農家らしい趣のある庭であった。私の質問にAさんは、庭を案内しながら庭木の育て方を教えてくれた。
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それから何回か自宅にうかがったが、なかなかつかまらないXが某日の夜にAさん宅を訪れることを聞いた。そのときに会わないとチャンスを逃すと思い、Xが来たら私に電話して待たせておいてくれ、すぐに行くからと話した。当日午後9時頃、AさんからXが来たとの電話があり、自宅から夜霧(スモッグ)の第三京浜の高速道路を車でとばし、約50分で到着した。Xと膝詰め談判をして深夜に及んだが、Bさんから買った土地を渡すという一札をXからとることができた。
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その直後、Bさんと話合ったところ、Bさんは土地代金を何割かもらっただけでXに所有権移転登記をしたとのことであった。お互いに被害者だということで折半してその土地を取り戻すことになり、3か月で無事解決した。その土地は、2、3年後に高騰したため実害はなかった。
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解決後、AさんはXから被害をうけた農家C、D、Eを紹介してくれた。話の糸口をつくるため、植物図鑑で勉強してれぞれの庭で質問をあびせたところ非常に喜ばれ、3名ともすべて一任するということになった。10日に1度は農家めぐりをするのが日課になり、Xを夫々の農家に呼びつけて交渉し、4か月ですべて解決した。
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4年後、自宅を新築したが、Aさんは新築祝として山から掘り出した高さ5メートル位の実生の五葉松としゃくなげを贈ってくれた。それ以来、庭いじりは私の趣味の一つとなり、植物図鑑は愛読書になった。
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それから十数年たって司法研修所教官になり、35期から38期の教え子に「頭のない奴は体で稼げ」と説いたが、それは自分に言いきかせる言葉でもあった。司法研修所を巣立って20周年、25周年の教え子の同期会に招かれた席で、教え子から笑顔で「体で稼いでいます」といわれると大変嬉しいばかりでなく、こみ上げてくるものがある。
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