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会長声明・決議・意見書(2022年度)

岡口基一裁判官にかかる弾劾裁判について慎重な審理を求める会長声明

2022年09月09日更新

  1.  岡口基一裁判官(以下「岡口裁判官」という。)は、性犯罪についてSNS・記者会見・ブログ・週刊誌のインタビューで発言したこと、犬の返還を求める訴訟についてSNS及びブログで発言したことを理由として、2021年6月16日に弾劾裁判所に訴追され、同年7月29日には職務停止が決定されましたが、弾劾裁判は2022年3月2日に第1回目が行われたものの、その後の期日は開かれておらず、今もなお審理が継続しています。
     罷免事由として挙げられている岡口裁判官の発言の中には、遺族感情等を害すると評価できるものや、戒告処分を受けた後にさらになされたものもあり、裁判官の言動として不適切なものがあったことは否定できません。しかしながら、以下に述べるとおり、弾劾裁判においては、裁判官の身分保障を十分尊重し、いやしくも司法権の独立を侵すこととならないように慎重に検討すべきです。
  2.  憲法は、司法による権利救済・人権擁護が他の権力からの影響を受けずに行うことができるようにするため、裁判官の職権行使の独立を実効あらしめるべく、裁判官の身分保障についてとくに定めています(78条、80条2項等)。これを受けて裁判官弾劾法(以下「法」という。)も罷免事由を限定しており、懲戒事由としての「品位を辱める行状」(裁判所法49条)では足りず、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき」としています(法2条2号)。罷免が裁判官から法曹資格すら失わせる重大な効力を有することに鑑みれば、その事由は、極めて厳格に解されなければなりません。
     しかるに、本件で問題となっている法2条2号の罷免事由に該当すると過去に判断された事案は、収賄、盗撮、児童買春、裁判所職員に対するストーカー、虚偽の政治的録音の流布、裁判所施設を利用した私的紛争への介入であって、いずれも犯罪成立や法律違反が明白な事案です。他方、警察への圧力をかけたことや、捜査の妨害となる行為及び中立性を欠くことを疑わせる職権濫用行為については、罷免事由があるとはされていません。
     本件の訴追事実はいずれも、職務外で、自身の感想を述べたり、裁判例を紹介したりしたものであって、市民としての表現の自由(憲法21条1項)との関係についても十分配慮すべき事案であるといえます。また、罷免事由とされている事実の大半が最初の投稿に後続する投稿であるところ、これらは自身がいわば紛争当事者となっている状況下におけるものであることに鑑みれば、人としてやむを得ないといえる側面があります。
  3.  他方で、本件における訴追事由の中には3年の訴追期間(法12条)を経過したものも含まれていますが、これが弾劾裁判において考慮されてならないことは言うまでもありません。また、今回岡口裁判官の罷免事由とされている発言の一部については、すでに二度にわたって裁判官分限法に基づく戒告の懲戒処分がなされており(最大決平成30年10月17日、最大決令和2年8月26日)、かつ、平成30年決定の補足意見によれば、同時期までになされたSNS上での発言も考慮に入れて処分がなされているのですから、これらの事実について重ねて罷免事由とす ることは、実質的に二重処分となることも十分考慮されねばなりません。さらに、弾劾による罷免の事由があると思料するときは、訴追委員会に対し罷免の訴追をすべきことを求めねばならないと義務付けられている(法15条3項)最高裁が、岡口裁判官の訴追を請求していない点も重視すべきです。
  4.  裁判官が裁判にあたって専らよって立つ「良心」や、裁判官の適用する「経験則」、ひいては「社会通念」は、裁判官が社会の一員として生活し、失敗や、これに対する悔悟等も含めた豊かな社会経験を基礎として築かれるものです。司法制度改革審議会意見書(2001年6月12日)においても、裁判官は「多様で豊かな知識、経験等を備えること」が求められていますが、この豊かな社会経験のうちには、現代社会においては、SNS等による表現の自由の行使も当然に含まれるものです。そして、一部不適切な表現がなされ、これが批判に晒されることがあったとしても、これまた経験の糧の一つとなるものであって、罷免がなされるとの理由から、その表現行為が必要以上に萎縮することがあってはなりません。
     岡口裁判官においては前記のとおりすでに1年以上職務が停止され、裁判官としての職務から事実上排除されており、すでに、裁判官の身分保障が侵されていると言わざるを得ません。また、職務外のSNS等による表現行為について罷免されるとすれば、他の裁判官に対する萎縮効果も懸念され、身分保障が不安定となれば、いやしくもその良心によって職務を行うべき裁判官の独立が侵され、ひいては司法権の独立も侵されかねません。
     弾劾裁判所に対しては、過去の事例との権衡や表現の自由との関係も十分考慮し、裁判官が豊かな人生経験を背景に独立して職権を行使できるよう、慎重な審理を行うことを求めます。

 

2022年9月8日

神奈川県弁護士会

会長 髙岡 俊之

 

 
 
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