2021年03月05日更新
日本国憲法14条及び24条は、人種や性別、社会的身分等による差別を禁じ、両性の平等を謳っている。世界的には、1946年の世界人権宣言にはじまり、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、障害者の権利条約が国連総会で採択されるなど、差別を根絶するための取り組みが続けられてきた。
いかなる差別も許さないという姿勢はオリンピックにおいても尊重されており、オリンピック憲章はその根本原則の中で、「権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」ことを明記している。
現実の社会には、歴史的、文化的、社会的に形成された差別の構造が存在しており、これらを解消するには、法律等による差別禁止のみならず、ポジティブ・アクションを導入し、不利益を受けている集団を支える社会制度等を整備していくことが必要である。
この点日本では、1999年に男女共同参画基本法が制定され、2003年には「2020年までに、指導的地位に占める女性の割合が少なくとも30%程度になるように期待する」旨の目標を設定し、有価証券報告書に女性役員比率の記載を義務化する等、官民を挙げて男女共同参画を推進してきた。
しかし、2019年現在、ジェンダーギャップ指数は153か国中121位と「共同参画」には程遠く、2020年までに30%という目標も、達成されることなく先送りとなった。
こうした中、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、「組織委員会」とする。)の森喜朗前会長は、2021年2月3日に行われた日本オリンピック委員会(以下、「JOC」とする。)の臨時評議会において、女性理事を全体の40%以上とするスポーツ団体ガバナンスコードの目標に関連し、「女性理事を選ぶっていうのは文科省がうるさく言うんで」、「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べた上で、男性社会の中で「わきまえる」女性こそ望ましいともとれる発言をした。
しかも森氏はその後の会見において、「男性と女性しかいない。もちろん両性というのもある」などと発言し、性的少数者に対する無理解を顕わにした。
森氏の発言が、憲法14条及び24条、女性差別撤廃条約、オリンピック憲章の精神に反し、男女共同参画の理念を損なうものであることは言うまでもない。にもかかわらずJOCは当初、森氏を擁護する姿勢を示した。
その後国内外からの厳しい批判を受け、一転して森氏は辞任を余儀なくされたが、後任をめぐる人事において、森氏自身が当初独断で後継者を指名するなど、組織委員会とJOCの閉鎖的な体質が露呈することとなった。
翻って考えるに、そもそも本件の本質は、森氏個人の資質や組織委員会及びJOCの体質問題にとどまるものではない。森氏の発言が明らかにしたのは、異なる価値観を「うるさい」「時間がかかる」として排除し、内輪のルールで重要事項を決定したいと考える人々がいまだに日本社会の指導的地位を占めていること、そして、そうした指導者の前で多くの人々が、「わきまえた」行動を強いられている現実である。
この現実を変えない限り、いかなるスローガンも数値目標も、絵空事に堕する。
森氏の発言に対して国内外で起きた批判の声の大きさは、日本社会が待ったなしで変わらなければならないことを、改めて気づかせる契機となった。差別の解消と多様性の尊重は、もはや少数者のためだけではなく、日本社会が持続的に発展していくために不可欠である。
神奈川県弁護士会は、改めて、ジェンダーに基づく差別のみならずあらゆる差別の解消と、多様性が尊重される社会の実現に向け、より一層の努力を重ねていくことを宣言する。
以上
2021年3月4日
神奈川県弁護士会
会長 剱持 京助
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