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会長声明・決議・意見書(2020年度)

神奈川地方最低賃金審議会が最低賃金の引き上げ額を1円とする答申を行ったことに遺憾の意を表する会長声明

2020年08月07日更新

  1. 本年8月5日,神奈川地方最低賃金審議会は,新型コロナウイルス感染症拡大の経済への影響を考慮し,今年度の最低賃金の引き上げ額を1円とする答申を行った。今後,異議申出に関する手続きを経て,神奈川労働局長により神奈川県の地域別最低賃金額が決定されることになるが,この決定は答申に沿った決定とされることが予想される。

    しかし,答申に従うとすれば神奈川県の地域別最低賃金額は,時給1,012円になるところ,これによれば,労働基準法32条1項が定める週あたりの労働時間上限である40時間働いたとしても労働者の賃金は,年額2,110,742円(=365日÷7日×40時間×1012円),月額175,895円にとどまる。しかも,厚労省毎月勤労統計調査によると,2019年の神奈川県の1か月あたりの所定内実労働時間は122.2時間であり,所定外実労働時間11.4時間を加えても平均実労働時間は133.6時間に過ぎないから,この時間最低賃金額で働いたとしても,賃金月額は135,203円に過ぎない。その上,ここから税および社会保険料が控除され,可処分所得は20%近く目減りし,11万円程度となる。

    これに対し,例えば横浜市では,日本国憲法が保障する健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を実現するための生活保護の場合,受給額の少ない単身者であっても,その額は128,823円(18~19歳の場合)であり,この全額が可処分所得である。

    2008年7月に施行された改正最低賃金法9条3項が,地域別最低賃金を定める際に考慮を要する労働者の生計費について,「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう,生活保護に係る施策との整合性」を求めているにもかかわらず,今回答申された神奈川県の地域別最低賃金額1,012円では,神奈川県における労働時間の実態を踏まえれば,なお最低賃金と生活保護との乖離が解消されないのである。

    労働者が働いても生活保護水準以下にとどまるような最低賃金であってはならず,神奈川県の地域別最低賃金は,さらなる引き上げが必要である。

  2. また,今般のコロナ禍では,休業を余儀なくされた労働者に対し,所定労働日の平均賃金の6割しか休業補償がなされない事案が散見されたが,時給が最低賃金額1,012円だとすると,神奈川県の平均実労働時間133.6時間に対する賃金を基準としても,1か月81,121円程度しか休業補償がなされないことになる(実際には,更に低額の補償しかされない場合が多い)。答申に従った最低賃金額では,何か不測の事態が生じると即労働者の生活が破綻してしまうことが明らかなのである。

    新型コロナウイルス感染症に向き合いながら経済を活性化させるためにも,労働者の生活を守らなければならない。

    もちろん,今般のコロナ禍を受け,経営基盤が脆弱な多くの中小企業経営に与える影響にも配慮しなければならないが,これは最低賃金引き上げを抑制する理由とすべきではない。コロナ禍において,小売店の店員,運送配達員,介護・福祉サービス従事者等社会全体のライフラインを支える職種の重要性が改めて認識されたが,これらの職種の中には最低賃金に近い時給で就労する労働者も少なくない。新型コロナウイルス感染症の拡大が懸念される中では,これらの労働者を支え,社会のライフラインを維持していくことは極めて重要である。中小企業の経営支援に関しては,政府の経営支援施策の拡充によって救済が図られるべきであり,一時的な支援施策に加え,国による中長期的継続的な中小企業支援策,例えば最低賃金の引上げが困難な中小企業のための社会保険料の減免や減税,補助金支給等が図られるべきであり,このような支援策なく中小企業の経営を維持するために労働者が犠牲となってはならない。

  3. したがって,神奈川最低賃金審議会が答申した神奈川県の地域別最低賃金を1円引き上げるとの結論では到底不十分と言うべきであり,遺憾である。また,国は,最低賃金引き上げに伴い経営に影響を受ける中小企業に対する支援策を講じるべきである。

以上

 

2020年8月6日

神奈川県弁護士会

会長 剱持 京助

 

 
 
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