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会長声明・決議・意見書(2018年度)
少年法適用年齢引き下げに対する意見書 |
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2018年09月14日更新
2018年(平成30年)9月13日
神奈川県弁護士会
- はじめに
現在、法制審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(以下、「法制審部会」という。)では、①少年法の適用年齢を18歳未満とすること、及び②非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方について審議されている。
当会は、すでに2015年(平成27年)6月11日付けで当会会長声明を発出し、少年法の適用年齢を18歳未満とすることには反対する旨を表明しているが、法制審部会の審議において、仮に少年法の適用年齢を引き下げた場合に考えられる刑事政策的措置の内容案が具体化し、今後、少年法の適用上限年齢を引き下げることの是非に関する議論が本格化すると考えられることから、改めて意見を表明する。
- 年齢を引き下げるべきとの意見の根拠について
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少年法の適用上限年齢引き下げの根拠としては、法制審議会に先だって法務省が開催した「若年者の刑事法制の在り方に関する勉強会」の取りまとめ報告書において、以下のような点が挙げられている。
すなわち、仮に民法の成年年齢が18歳に引き下げられた場合には、①一般的な法律において、「大人」として取り扱われる年齢を一致させる(「国法上の統一」)ほうが国民にとってわかりやすいこと、②親権に服さない民法上の成年者を類型的に保護主義(パターナリズム)に基づく保護処分の対象とすることは、過剰な介入になること、③民法の未成年者保護の根拠と少年法が保護主義に基づく制約を行う根拠は、本人が未成熟であって判断能力が不十分である点で共通しているから民法の年齢引き下げと整合性をとるべきであること、④18歳、19歳の者は親権に服する必要がなく、単独で法律行為を行う能力を有すると評価されたものであるため、刑事司法においても「成人」として扱うことは、合理性があること、等である。
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そして、本年6月には、民法成年年齢を引き下げる内容の民法の一部を改正する法律が成立し、2022年(平成34年)4月1日から民法の成年年齢は18歳とされることとなった。
しかしながら、民法の成年年齢が18歳に引き下げられることになったことを踏まえても、前記①から④は、少年法の適用上限年齢を引き下げるべき理由とはならない。
ア ①について、前出の当会会長声明のとおり、法律の適用年齢は法律の趣旨目的ごとに定めるべきであり、国法上一致させる必要はない。すなわち、民法の未成年者制度は、取引行為を行う判断能力の不十分な未成年者を救済することを趣旨目的としているのに対し、少年法は、非行を犯す少年について、その精神的な未成熟性と可塑性に着目して刑罰ではなく矯正教育により更生をはかることを趣旨目的とするものである。両者の趣旨目的が全く異なる以上、「未成年者」と「少年」との範囲が異なることは当然である。
そして実際に、今回の民法成年年齢引き下げにも拘わらず、未成年者飲酒禁止法及び未成年者喫煙禁止法など一定の法律については、適用年齢の引き下げを見送っており、もはや「国法上の統一」や「国民にとっての分かりやすさ」は、少年法の適用上限年齢引き下げの理由となりえないことは明白である。
イ ②について、民法上の成年者を類型的に保護主義に基づく保護処分の対象とすることがなぜ過剰な介入となるのか、その理由は必ずしも判然としない。民法の未成年者制度及び「親権」の概念と少年法とは、上記の点も含め趣旨目的が異なる全く別の制度であり、両者は無関係である以上、「過剰な介入」とはなりえない。
なお、現行法上も、20歳未満の者が婚姻した場合に、民法上は成年として扱われる(民法753条)一方で、引き続き保護主義を理念とする少年法の適用を受けることとされているが、それが国家の過度な介入であるという指摘はなされていない。
ウ ③について、前記報告書では、民法の未成年者保護の根拠と少年法の保護処分の根拠が「本人が未成熟であって判断能力が不十分である点」で共通している、としているが、前者でいう判断能力は、経済取引に着目した社会的かつ一般的な判断能力であるのに対し、後者でいう判断能力は、危機的な場面においても結果を見通して行動を適切に抑制する能力まで求められるものであるため、それぞれ問題となる「判断能力」の内容が異なる。
また、前者は、判断能力が不十分である者を救済する制度であるのに対して、後者は、判断能力が未熟であるが故に刑罰よりも教育のほうが更生のために有用であるとして教育的措置を行う制度であり、その目的も異なる。
このように、両制度は「判断能力」の内容も趣旨目的も全く異なるものであり、そもそも整合性を図るべき素地がない。報告書が「判断能力が不十分である点」で共通しているとするのは、あまりに粗雑な議論であると言わざるをえない。
なお、判断能力に関して法は多様的な制度設計をしており、例えば民法では単独で遺言や養子縁組ができる年齢を15歳としているなど、同一の法においても制度ごとに「判断能力」を有すると認められる年齢は異なっているのである。
エ ④について、民法上の成年年齢引き下げの主たる理由は、「若年者が将来の国づくりの中心であるという国としての強い決意を示すことにつながり、若年者及び社会にとって大きな活力をもたらすことが期待される」とされるなど(法制審議会の答申)、18歳、19歳の者について社会への参加時期を早めることで、若年者の大人としての自覚を高めるといった政策的な要請によるものであり、必ずしも、18、19歳の者が単独で法律行為を行う能力を有するほど十分に成熟していると評価されたためではなく、また、親権に服する必要がないと評価されたわけでもない。むしろ、前記の法制審議会答申においても、若年者の精神的・社会的自立の遅れが指摘されているのである。
すなわち、民法の成年年齢が18歳に引き下げられた理由は、刑事司法である少年法の適用上限年齢引き下げの理由とは無関係である。
オ 以上より、民法の成年年齢が18歳に引き下げられたことを踏まえても、それが少年法の適用上限年齢を引き下げる理由には繋がらない。
なお、民法の一部改正案(成年年齢引き下げ)の参考人質疑(本年5月15日衆議院法務委員会)において、少年法の適用上限年齢との関係について質疑を受けた広井多鶴子参考人(実践女子大学人間社会学部人間社会学科教授)、山下純司参考人(学習院大学法学部教授)、宮本みち子参考人(千葉大学名誉教授)は、いずれも民法の成年年齢引き下げには賛成する立場にありながら、少年法の適用上限年齢については引き下げる必要はないと述べている点が注目されるべきである。
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少年法の適用上限年齢引き下げの根拠としては、法制審議会に先だって法務省が開催した「若年者の刑事法制の在り方に関する勉強会」の取りまとめ報告書において、以下のような点が挙げられている。
- 現行少年法の有効性と年齢引き下げによる懸念
現行の少年法制は、全件送致主義・家庭裁判所先議の制度設計のもと、家庭裁判所が、少年鑑別所による資質鑑別や家庭裁判所調査官による社会調査により少年の非行のメカニズムを解明し、その上で、少年の健全育成の観点から本人にとって最も適切な処遇を行っている。
このような現行法における少年の処遇等が少年の改善更生のために有効に機能していることは、前記の法務省勉強会報告書においても指摘されているところであり、法制審部会の議論においてもこの点に関する異論はない。
これに対し、前記報告書では、少年法の適用上限年齢を引き下げた場合に、18歳・19歳の者に対し、再犯・再非行防止に必要な処遇や働き掛けが行われなくなり、その結果として再犯・再非行の増加が懸念されることが指摘されている。
このような懸念も踏まえ、法制審部会では、少年法の適用上限年齢の引き下げに加え、犯罪者処遇の充実策についても諮問事項とされている。
そして、法制審部会では、まず、仮に年齢が引き下げられた場合に採りうる刑事政策的措置について、3つの分科会で議論し、その上で、年齢引き下げの是非について議論されることとされたが、本年7月の部会において、各分科会から検討結果の報告がなされた。いよいよ、少年法の適用上限年齢引き下げの是非が本格的に議論される段階にいたったのである。
- 検討されている刑事政策的措置の問題点
各分科会で検討された刑事政策的措置は多岐にわたるが、特に重要と思われる制度案について、検討する。
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起訴猶予に伴う再犯防止措置
仮に少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げた場合、起訴猶予となった18歳・19歳の者に対して再犯・再非行防止に必要な処遇や働き掛けが行われなくなることに関しては、検察官による再犯防止措置が検討されており、分科会の検討結果として「検察官は、被疑者が罪を犯したと認める場合において、必要があると認めるときは、被疑者が守るべき事項を設定し、所定の期間、被疑者を保護観察官による指導・監督に付する措置をとることができるものとする。」という制度案が報告された。
しかし、保護観察官が指導監督を行うことは被疑者にとって事実上の不利益処分であるところ、判決で有罪が確定したわけではないにもかかわらず、検察官がこれらの措置をとることは無罪推定の原則に反する。また、被疑者の同意を要件としたとしても、不起訴の見返りに被疑事実を認めて一定の措置を受けることを同意する被疑者が出てくる可能性があり、同意の任意性を担保することが構造上困難である。特に、18歳や19歳の若年者は未成熟であり、捜査官に対して迎合的になりがちであるため、冤罪のおそれがある等の重大な問題があり、このような検察官による働き掛け(保護観察官を通じた指導監督)は認めることができない。
また、検察官は、教育学、心理学的等の専門的な知見を有しておらず、18歳や19歳の者について、その要保護性を的確に把握・評価したうえで有効適切な監督指導を行うことができるかは極めて疑問であり、起訴猶予に伴う検察官の働き掛け(保護観察官を通じた指導監督)は、少年法の適用上限年齢の引き下げに伴う刑事政策的懸念の払拭にも繋がらない。
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少年鑑別所、保護観察所の調査・調整機能の活用
次に、起訴猶予に伴う再犯防止措置や保護観察の処遇方針策定のために、少年鑑別所や保護観察所の調査調整機能の活用が議論されている。
この点、少年法においては、少年鑑別所による心身鑑別と家庭裁判所調査官による社会調査により、少年の非行のメカニズムを解明し、少年の更生のために必要な処遇が決定される。両者はいわば車の両輪として、少年審判手続きの実効性を担ってきたのである。
これに対し、家庭裁判所調査官による社会調査を抜きにして、少年鑑別所や保護観察所による調査調整機能を活用するだけでは、対象者が犯行に至った原因・背景の解明や更生のための条件を把握することは極めて困難である。
また、少年鑑別所による心身鑑別については、現行少年法では実質4週間の観護措置期間中に24時間態勢での行動観察等を行っているが、このような精密な調査を捜査と並行して最大20日間の勾留期間に行うことは不可能である。
加えて、現行少年法における各種調査は、少年の生育歴や家庭環境の調査、知能や障害の検査等極めてプライバシーに踏み込んだものであるが、これらの調査は、少年法がいわゆる保護主義に立脚し、少年の健全育成という目的から教育的措置を行っていることから正当化されるものである。仮に、18歳・19歳の若年者に対して少年法が適用されないとなると、これらの調査の正当化根拠が欠けることになり、過度なプライバシーへの介入となりかねない。
したがって、少年鑑別所、保護観察所の調査・調整機能の活用は、現行少年法上における各種調査を代替する制度とはなりえない。
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若年者に対する新たな処分
仮に少年法の適用年齢を18歳未満とした場合に、起訴猶予となった18歳・19歳の者に対する働き掛けとして、前述の「検察官による働き掛け」とともに検討されている制度として、「若年者に対する新たな処分」がある。
分科会における検討結果として報告された内容では、①罪を犯した18歳・19歳の者について、検察官が訴追を必要としないため公訴を提起しないこととしたものについて、②家庭裁判所が家庭裁判所調査官に命じて必要な調査を行うほか、必要があると認めるときは少年鑑別所での鑑別を求めることができることとし、③現行の少年審判に類似した非公開の審判により処分を決定する、といった制度が構想されている。
この制度は、家庭裁判所調査官を活用して司法機関が処分を決する仕組みであるから、(1)で「検察官による働き掛け」について指摘したような問題は存しない。
しかしながら、保護主義に基づく少年法の対象外となれば、行為責任主義が妥当することから、起訴猶予が相当とされるような比較的軽微な事案が対象となる以上、収容鑑別は例外的とされ、また、裁判所が下しうる処分についても施設収容処分は認めがたく、在宅での保護観察のみしか認めることはできない。そうである以上、現行少年法の制度に代わりうるものとはなり得ない。
また、18歳・19歳の者について、「健全育成」を目的とする少年法の適用対象から外しておきながら、20歳以上の成年と異なり、これらの者に対して「要保護性」に応じた処分をなしうるという理論的根拠も明らかではない。少年法の適用から外れる18歳・19歳に対し、行為責任の限度ではあると説明するにせよ、「要保護性」を重視して処分を決定するとなれば、このような処分は成人に対する保安処分につながりかねない懸念がある。
そもそも、18歳・19歳の者を少年法の適用から外しておきながら、そこから生じる刑事政策的懸念を解消しようとして、現行の少年法類似の制度を導入しようとする矛盾的な態度をとるがゆえに理論的な綻びが生じるのである。前記のとおり、現行少年法による改善更生の実効性は明らかなのであるから、現行少年法のままで何ら不都合はない。
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若年受刑者に対する処遇原則等
その他、若年受刑者の処遇原則として、対象者の年齢や精神的成熟度などを踏まえ、その問題性の改善に資する手法及び内容とするよう努めることに関する明文規定を置くことや、少年院の知見・施設を活用して若年受刑者の特性に応じた処遇の充実を図ることなどが議論されている。
もとより、全ての受刑者に対して、その特性に応じた個別的な処遇の充実が図られるべきことは当然であり、若年受刑者に対しても、その特性に応じた処遇の充実が図られるべきことは言うまでもない。
しかしながら、18歳・19歳の者について、少年法の適用から除外するとなれば、行為責任主義に基づき、犯罪行為に対する非難の程度によって国家が介入できる程度が決定されるとともに、自律した成人であることを前提とした処遇が求められるため、健全育成、成長発達権の保障という観点からの保護主義(パターナリズム)に基づく、人格の内面にまで踏み込んだ全面的な介入は正当化されない。したがって、これらの者について、いかに処遇の充実をはかろうとも、健全育成を目的とする少年法が及ばない中で行う処遇としては限界があり、現行の少年院教育に近づけようとしても、それには及ばない。
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起訴猶予に伴う再犯防止措置
- 結論
以上のとおり、現在法制審部会で議論されている犯罪者処遇策は、少年法の適用上限年齢が引き下げられることによって生じる「18歳・19歳の者に対し、再犯・再非行防止に必要な処遇や働き掛けが行われなくなり、その結果として再犯・再非行の増加」するという刑事政策的懸念の解消を目的とするものであるが、18歳・19歳の者について、少年法の適用から除外しつつ、「少年法類似の制度」により改善更生を図ろうとしても、そのことにより理論的根拠に綻びが生じており、実効性という観点でも現行少年法の制度には遠く及ばないものである。
そもそも、先に述べたとおり、現行少年法制が有効に機能していることに異論はないのであり、今回の適用年齢引き下げの議論についても、現行少年法に問題があるからという実質的な理由ではなく、「国法上の統一」という形式的な理由などが発端となっており、立法事実自体が極めて薄弱である。
この点、マスコミ等の世論調査では、少年法の適用上限年齢引き下げに賛成する者が多数とされているが、このような世論は、実際には少年事件が激減している(検挙者全体では1983年のピーク時に比べ84.0%減少、凶悪事件についても1960年のピーク時に比べ95.0%減少)にもかかわらず、「少年事件は増加・凶悪化している」という誤った認識を背景としているものと考えられ、現行少年法制がこれまでに少年の改善更生に対して果たしてきた役割や、重大事案に関しては成人同様に裁判員裁判で審理されて刑事罰が科されていること等について正確な理解が進めば、世論の動向は十分に変化しうるものと考えられる。
以上に述べてきたとおり、少年法の適用上限年齢引き下げ論の根拠は不十分である一方で、引き下げた場合の刑事政策的懸念に対する有効な対応策は示されておらず、18歳・19歳の者の再犯が増加する懸念は解消されない。
結局のところ、未成熟な者に対し、健全育成という目的を掲げて保護主義(パターナリズム)に基づく処遇を認める現行少年法は、対象者の立ち直り・更生にとって有効であり、その結果としての再犯防止という見地からも優れた法制なのであって、18歳・19歳をその対象外としながら、これに代わるような制度を構築するのは事実上不可能なのである。
よって、当会は、少年法適用年齢の引き下げに反対する。
以上