2018年05月23日更新
日本国憲法前文は、かつての悲惨な戦争への深い反省を踏まえ、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」したうえで、「恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」することを宣言している。日本国憲法9条は、このような憲法の理念に基づき、「戦争の放棄」のみならず、「戦力の不保持」、「交戦権の否認」をも定めることで、70年以上にわたり、恒久平和主義を掲げてきた。
この憲法の理念と9条の規定は、現実の政治の中で制約を受けつつも、自衛隊は「戦力」であってはならず、専守防衛に徹し、海外での武力の行使や集団的自衛権の行使は認められない等という、長年にわたる政府解釈の積み重ねとなり、また、攻撃的兵器の保持の禁止、防衛費の制限、武器輸出の原則禁止、非核三原則の堅持等、さまざまなかたちで、軍事と距離をおいた国のあり方を下支えしてきたものである。
今般、憲法9条1項及び2項を残しつつ、憲法9条の2として、「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」「そのための実力組織として」「自衛隊を保持する」という条項を設けるという内容の憲法改正案が取りまとめられ、改正論議が進められている。
この改正案については、これまでの憲法解釈を変更するものではなく自衛隊の任務や権限も何ら変わらないとの説明がなされているが、「必要な自衛の措置」の意味は条文上必ずしも明らかではなく、今後、自衛隊の任務や権限が変わらないという保障はない。また、この改正案は、当会が再三その違憲性を指摘してきた安全保障関連法を憲法上も前提とし、存立危機事態における集団的自衛権の行使を少なくとも容認するものであり、専守防衛という日本の安全保障政策を大きく転換するものである。さらに、存立危機事態の要件は、きわめてあいまいであることから、今後集団的自衛権の行使は歯止めなく拡がっていく可能性がある。
また、憲法に自衛隊を明記する場合には、その活動についての民主的統制や司法的統制のあり方について慎重な検討が不可欠であるが、これまでのところこの点についての議論は全く不十分であり、拙速であるとの批判を免れない。したがって、かかる改正案は、憲法9条2項を空文化させる懸念があるばかりでなく、憲法が掲げる恒久平和主義に支えられてきたこれまでの国や社会のあり方を大きく変えてしまう懸念がある。
一方、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正手続法」という。)に関しては様々な問題があり、とりわけ、テレビ・ラジオ等における有料広告規制、最低投票率制度の意義及び是非等については、参議院の附帯決議において、「本法施行までに必要な検討を加えること」とされているにもかかわらず今日まで検討がなされていない。公正・公平な国民投票の実現をめざすためには、まず、憲法改正の発議に先立ち、これらの問題について十分な検討が加えられるべきである。
以上のような憲法と国のあり方の根幹に関わる多くの問題があることから、当会は、国会に対して、まず、憲法改正手続法を見直すとともに、憲法改正について、国会内ではもちろん、広く国民市民の間で憲法の理念に立ち返った慎重かつ丁寧な議論の機会を確保し、決して拙速な憲法改正の発議をしないよう求めるものである。そして、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の組織する団体として、今後も憲法9条改正の議論において、憲法の基本原理である基本的人権の尊重、国民主権および恒久平和主義ならびに立憲主義が守られるよう全力で取り組むことを宣言する。
2018年(平成30年)5月22日 平成30年度 神奈川県弁護士会通常総会
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