2016年03月11日更新
自由民主党は、今年夏の参院選の選挙公約に憲法改正を掲げることを明言した。同党は、東日本大震災時の政府の対応が不十分だったことなどを理由として、憲法を改正し、「国家緊急権」を創設しようとしており、2012年4月に公表された自民党憲法改正草案には、緊急事態の宣言として「国家緊急権」が明記されている。
国家緊急権とは、戦争や内乱、大災害などの非常事態において、国家がその存立を維持するために、憲法の定める人権保障と権力分立を一時的に停止するという非常措置をとる権限をいうが、日本国憲法においては、大日本帝国憲法下、「国家緊急権」が濫用され、人権が不当に侵害された過去への反省から、あえて「国家緊急権」の規定を設けていない。
そもそも、フランス人権宣言で「権利の保障と権力の分立が定められていない社会は憲法を持つものではない」と定められているように、権利の保障と権力の分立は、立憲主義の根幹をなす。これらを一時的にとはいえ停止する「国家緊急権」は常に立憲的な憲法秩序を破壊する危険性をはらんでいる。
実際、自民党憲法改正草案に定められている「国家緊急権」については以下のような問題がある。例えば、緊急事態の宣言を発することができるのは、「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他法律で定める緊急事態」とされており、その範囲は極めて広く、緊急事態の期間に制限もない。また、内閣は法律と同等の効力を有する政令を制定でき、これには事後に国会の承認を必要とするが、承認を得られない場合に効力を失う旨の規定がない。さらに政令で規定できる対象に限定がなく、あらゆる人権を制限することも可能である。
また、「国家緊急権」の創設を主張する理由として災害対策が強調されているが、日本の災害法制はすでに十分整備されている。たとえば、大規模災害が発生し国に重要な影響を及ぼすような場合、内閣総理大臣は災害緊急事態を布告し、内閣は「緊急政令」を制定し、生活必需品等の授受の制限、価格統制、債務の支払いの延期等を決定できる(災害対策基本法)。また、内閣総理大臣は、地方公共団体の長等に必要な指示もでき(大規模地震対策特別措置法)、防衛大臣も災害に際して自衛隊の部隊等を派遣することもできる(自衛隊法)。さらに都道府県知事の強制権(災害救助法)や市町村長の強制権(災害対策基本法)など、私人の権利を制限する権限も認められている。災害対策ということでは、諸外国に見られるような「国家緊急権」の内容は、わが国では法律で規定されており、対応が可能である。東日本大震災において、政府の初動対応が不十分であったと評価されているが、それは、法制度に問題があったからではなく、事前の対策が不足し、法制度を十分に活用できなかったためである。
したがって、災害対策を理由とする「国家緊急権」の創設には理由がなく、むしろ、非常事態という口実で濫用される恐れが強く、回復しがたい重大な人権侵害の可能性も高いことから、憲法改正により、「国家緊急権」を創設することに強く反対する。
2016年(平成28年)3月10日 横浜弁護士会 会長 竹森 裕子
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