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会長声明・決議・意見書(2015年度)

ワークルールの教育を推進するための法律の制定を求める意見書

2016年03月11日更新

第1 意見の趣旨

労働者・使用者及び将来労働者・使用者となる可能性のある者に対して、ワークルールの教育を推進するための法律を制定すべきである。

第2 意見の理由

  1. 労働関係の複雑・多様化と労働紛争の増加
    我が国の平成27年の人口約1億2700万人のうち、就業者数は約6450万人であり、就業者の被扶養者も含めれば、半数を遥かに超える国民が、労働し、給与を得ることによって、自らとその家族の生活を支えている。労働者を雇用する側の人やその家族も含めれば、我が国では圧倒的多数の人々が、労働関係の中で生活している。
    近年、労働契約法・高齢者雇用安定法の制定や、労働基準法、労働者派遣法の改正など、労働法制の制定・改正が相次いでおり、雇用をとりまく法制度は急激な変化を遂げ、かつ複雑・多様化している。また、派遣社員、有期雇用、短時間雇用などの、いわゆる非正規労働者も急激に増加し、その割合は労働者の約4割を占めるに至っている。正社員についても、長時間労働にもとづく過労病・過労死は減少の兆しすらなく、平成26年には過労死等防止対策推進法が制定されるに至った。さらに近年、労働者を多数採用しては、労働基準法や労働契約を無視した過酷な業務で労働者を使い捨てにする、いわゆるブラック企業の跳梁も社会問題となっている。
    そのような中、労働紛争も増加し、労働関係民事通常事件、労働関係仮処分事件、労働審判事件の各申立の合計件数は、平成19年度が約4100件だったのに対し、平成25年度は約7500件と、約1.8倍に増加している。
  2. ワークルールに関する知識・理解の不足
    以上の状況にもかかわらず、働くこと(労働者が働くこと、使用者が労働者を指揮命令することの双方を含む)に関するルール(法令、慣習、規範及び慣行を含む)及びこれらのルールを実現するための諸制度等(以下総称して「ワークルール」という))についての理解は極めて不十分である。
    沖縄労働局が平成25年2月に発表した沖縄県内の大学生に対するアンケート調査結果によれば、法定労働時間を正しく理解している大学生は全体の約5割、割増賃金制度について知っていると回答した大学生は全体の約3割、失業した場合に一定の条件下で雇用保険給付が受けられることを知っている大学生は全体の約5割であった。平成10年から11年にかけて研究者によって行われた中小企業の労使に対するアンケート調査でも、回答した経営者のうち、自分の企業の従業員に労働組合を結成する権利がある、父親が育児休業制度を利用できると正しく回答した経営者は約半数であった。厚生労働省が平成21年2月に公表した「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会報告書」も、「各種調査において労働関係法制度をめぐる知識、特に労働者の権利の認知度が全般的に低い状況が見られる」と指摘しているところである。
  3. ワークルール教育を推進することは憲法の趣旨に適合すること
    日本国憲法27条1項は「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と定め、同2項で「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と定め、これを受けて、働くことに関して、法律をはじめとする様々なワークルールが定められている。国民が勤労の権利を守るためには、ワークルールについての十分な知識が必要であり、そのための教育を国が推進することは、憲法27条の趣旨にかなうことである。
  4. ワークルール教育の重要性とワークルール教育推進法制定の必要性
    厚生労働省の前記報告書は、今後のワークルール教育について、「学校、職場、地域、家庭、産業界、労働界、NPO法人等の民間団体、行政の連携強化を図ることが重要であるとの認識の下」、学校教育、企業等、家庭や地域社会のそれぞれの場における教育の在り方について提言し、さらに労働関係法制度を巡る教育の充実に向けた環境の整備についても提言している。
    ブラック企業、ブラックバイト、マタハラ問題等の背景にある、ワークルールに関する知識と理解の不足については、近時マスコミも取り上げるようになっており、ワークルール教育の重要性に対する理解は社会的にも広がりつつある。
    そのような中、個別立法においては、平成26年11月1日施行の「過労死等防止対策推進法」第9条が「国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動等を通じて、過労死等を防止することの重要性について国民の自覚を促し、これに対する国民の関心と理解を深めるよう必要な施策を講ずるものとする」と定め、平成27年10月1日施行の「青少年の雇用の促進等に関する法律」第20条が「国は、学校と協力して、その学生又は生徒に対し、職業生活において必要な労働に関する知識を付与するよう努めなければならない」と定めるなど、ワークルール教育に関する規定が置かれるようになっている。
    しかしながら、このような個別分野に限った限定的な対処では、現在の複雑多様化した雇用環境に対応した実効的なワークルール教育を推進するには不十分であると言わざるを得ない。ワークルールに関する知識と理解の不足に起因する多様な労働トラブルを防止し、また生じた紛争の迅速・適切な解決をはかるには、社会全体に広くワークルール教育を実施して、労働者・使用者双方にワークルールに関する知識と理解を浸透させる必要がある。
    そのためには、ワークルール教育に関する基本理念を定め、十分な財政的な裏付けのもとに、必要な施策を総合的かつ計画的に策定し、実施していくための基本法、「ワークルール教育推進法」を制定することが必要である。
    消費者教育の分野では、既に平成24年8月、「消費者教育の推進に関する法」が制定され、これにもとづく様々な施策が開始されているところである。雇用の分野においても、安定した勤労生活と健全な労使関係の構築のため、速やかにワークルール教育推進法を制定し、全国津々浦々にワークルールを浸透させる必要がある。

第3 ワークルールの教育を推進するための法律についての具体的な提言内容

  1. 目的
    ワークルール教育を総合的かつ一体的に推進することによって、ワークルールに関する知識・理解不足を原因とする紛争を未然に防止するともに、ワークルールにのっとった迅速かつ適切な紛争の解決を促し、もって国民の勤労生活の安定及び健全な労使関係の発展に寄与することを目的とすべきである。
  2. 基本理念
    ワークルール教育を受けることは国民の権利であることを明記するとともに、ワークルール教育の基本理念を以下のとおり定めるべきである。
    1. 労働者と使用者との間の情報の質・量及び交渉力等の格差の存在を前提として、労働者及び使用者がそれぞれの権利・義務について正しく理解するとともに、自らの権利・利益を守る上で必要な労働関係法制等に関する知識を習得し、これを適切な行動に結び付けることができる実践的な能力を育むものであること。
    2. ワークルール教育は、学齢期から高齢期までの各段階に応じて、学校、地域、職場その他の様々な場の特性に応じた適切な方法により行われるとともに、ワークルール教育を行う多様な主体の連携を確保して効果的に行われること。
    3. ワークルール教育の推進にあたっては、労働者の義務や自己責任論が過度に強調されることによって労働者の権利・利益が不当に損なわれることのないよう、特に留意しなければならないこと。
  3. 国及び地方公共団体の責務
    上記目的及び基本理念にのっとり、ワークルール教育の推進に関する施策を総合的かつ計画的に策定し、実施することを国及び地方公共団体の責務として定めるべきである。
  4. ワークルール教育推進会議の設置
    ワークルール教育の推進に関する施策を総合的かつ計画的に策定し、実施するために、国及び地方公共団体にワークルール教育推進会議を設置し、必要な権限を与えることを定めるべきである。
  5. 財政上の措置等
    国及び地方公共団体は、ワークルール教育の推進に関する施策を実施するために必要な財政上の措置その他の措置を講ずべきことを定めるべきである。
  6. 以上

     

    2016(平成28)年3月10日

    横浜弁護士会     

     会長 竹森 裕子 

     

 
 
本文ここまで。