2015年06月12日更新
1 政府は,3月13日,「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という。)を国会に提出した。本法案は,法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」に基づくものである。 本法案の内容は,取調べの可視化(録音・録画)を一部義務付ける点や,検察官手持ち証拠の一覧表の交付を義務付ける点など,不十分ながら評価できる点がある一方で,「捜査・公判協力型協議・合意制度」の新規導入や通信傍受法の適用犯罪の拡大という見過ごすことのできない重大な問題がある。
2 「捜査・公判協力型協議・合意制度」は,被疑者・被告人が,他人の詐欺,恐喝,横領,汚職などの犯罪や銃器・薬物犯罪などの特定犯罪について供述する見返りとして,検察官が公訴を提起しないことや,特定の求刑を行うことなどを約束する制度である。この合意は,弁護人が被疑者・被告人と共に連署した「合意内容書面」を作成して行うこととされている。しかしながら,この制度には,次のような問題がある。
第1に,捜査機関が被疑者を利益誘導して虚偽の自白や証言を獲得する手段として利用されるおそれがあり,無実の第三者についての「引っ張り込み」の危険や,共犯者への責任のなすりつけといった事態,新たなえん罪を生み出す危険性が認められる。
第2に,犯罪を実行した者が共犯者の犯罪立証のために捜査機関に協力することによって,自らの刑事責任を免れ,あるいは軽減されることを制度的に認めるものであり,裁判の公平や司法の廉潔性という刑事司法の存立基盤たる原則に抵触するおそれが大きい。
第3に,弁護人の連署が必要とされているが,捜査段階での証拠開示制度もない中で,弁護人は,依頼者の利益擁護とえん罪の防止という相反する要請の板挟みになることが必至となるだけでなく,弁護人自身が,他人の犯罪立証に制度的に組み込まれ,場合によってはえん罪の作出に加担させられるという立場に置かれることを意味し,刑事弁護そのものの変質につながりかねない危険が生じる。
本法案の「捜査・公判協力型協議・合意制度」は,対象犯罪の範囲も相当広く,また,取調べの可視化や証拠開示制度が十分でない状況においては上記の危険性は取り分け高くなるのであるから,制度の拙速な導入は絶対に避けるべきである。
3 本法案に含まれている「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」(以下「通信傍受法」という。)の改正案では,通信傍受の対象犯罪が大幅に拡大されている。 通信傍受法は,制定時には,通信の秘密を犯す憲法違反の法案であるとして,日弁連を始め多くの団体が反対をして,国民の運動も広がった。国会では,政府案を与党が修正して,対象犯罪を組織性の高さから通信傍受の必要性が特に高いと考えられた薬物犯罪,銃器犯罪,組織的な殺人,集団密航の4類型に限定されたのである。 このように現行通信傍受法は,通信の秘密の不可侵,プライバシー保護の観点から抑制的に定められたものであり,最高裁判所も「重大な犯罪に係る被疑事件」(平成11年12月16日判決)であることから憲法上許されるとしている。 それを改正案では,窃盗,強盗,詐欺,恐喝,逮捕,監禁,傷害等の一般犯罪にまで広く対象犯罪を拡大しようとするものである。これらの犯罪はいわゆる組織犯罪とは限らない上,捜査段階では,これらの嫌疑さえあれば通信傍受を実施できる可能性が出てくるのであり,国民の通信の秘密やプライバシーが侵害されるおそれは格段に高くなるというほかない。 このような対象犯罪の安易な拡大は,先の最高裁判例に照らしても,憲法上許されないものというべきである。
4 以上のとおり,本法案中「捜査・公判協力型協議・合意制度」の導入や通信傍受法の改正案には看過できない問題があり,当会としては,本法案のうち上記2点については強く反対するものである。
2015(平成27)年6月11日
横浜弁護士会
会長 竹森 裕子
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