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会員 山田 尚典 |
弁護士の仕事を始めて44年、様々な事件を扱っては来たが、一つの事件から、若手の先生方に参考にして頂くことの出来る事柄を紹介するのは困難だ。敢えて一例を挙げるならば、次の事件を思い出す。約30年前、一審で4年間、24回の口頭弁論を経て勝訴判決を得、高裁で和解により終結した被告事件だ。 |
事案は、依頼者である工事請負会社が、注文主会社から、先ず請負代金の過払い返還請求権(650万円余)に基づいて、請負会社所有の土地(建売商品)に仮差しを掛けられたことから始まった。当方は不当な仮差押えと判断して、直ちに起訴命令の申立てをして本訴となった。本訴は、約3400万円の損害賠償金の支払を求められた被告事件である。争いの内容は次の様なものだった。 |
原告(注文主)が被告(請負業者)に住宅の新築工事を発注した。被告が工事に着手して、基礎工事が進行しているところへ、市より建築確認を得ていない無届工事であるとの注意を受け、最終的には工事中止命令が出て工事は不能となった。 |
原告は、被告の責任で建築確認を得る約束であつたと主張し、被告の主張は、本件建築請負契約締結前に原告の依頼により、設計者であり工事施工管理も請負っていた訴外一級建築士が、建築確認業務は既に完了されているものと理解しており、本件建築請負契約の内容には、被告が建築確認を成す義務は含まれていないというものであった。 |
諸々の攻撃防御が繰り広げられたのであるが、被告勝訴の決め手になったのは、弁護士法第二三条の二の照会による事実の立証であった。その中味は、原告が無届建築の常習犯であること、即ち自分の所有地である本件建物敷地と同一地内で6棟の建物を所有しているが、建築確認を得ているのはその中1棟のみであるとの回答を、横浜市建築局長より得たのである。 |
その時のやり方は、弁護士会照会を申請する事前準備として、役所のどの部署にどの様な照会をすれば、当方が望んでいる情報を得られるかを、市の担当者を探して十分な根回し打合せをしておいた結果、効果的な照会をすることができたものである。 |
高裁では、違法仮差押を理由として、被控訴人(被告)が控訴人(原告)より100万円の支払を受けて和解した。 |
最後に、私なりに、弁護士にとって必要なものと考えていることを附言させて頂く。
一、依頼者に対する愛情。
二、事件に対する執着心。
三、相手方に対する闘争心。
四、自分に対してはバランス感覚を失わないこと(簡単に言えば物事の両面を看ること) |
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原始的不能の給付を目的とする契約も有効? 解除に帰責事由は不要? 危険負担制度は廃止? |
一昨年12月から、内田貴元東大教授ら民法学者を中心とする民法(債権法)改正検討委員会で、債権法の改正に向けた検討作業(改正試案の作成)が急ピッチで進められている。同委員会は、表向きは学者の自発的研究グループだが、法務省も参加しており、実際には法制審での審議に向けた本格的準備作業の色合いが強い。そこでの検討の対象は、債権編のうち不当利得と不法行為を除いた全てと、法律行為や消滅時効など総則の一部にまで及んでおり、また、消費者概念や商行為概念の民法への取り込みについても議論されている。 |
なぜ、今改正なのか。理由として挙げられているのは、制定後110年の間の社会経済情勢の変化、民法典の空洞化、事前規制の社会から事後救済型社会への変革の動き、市場のグローバル化に伴う取引法の国際的調和への動きなどである。これらに対応するため、実務的に不都合な点を部分的に修正するだけでなく、基本原則や安定した判例法理の明文化、さらには過失責任主義等の19世紀的な法原則の見直しなど、より抜本的な改正が目指されているのである。 |
では、具体的にどこがどう変わるのか。まだ議論の全容は明らかにされておらず、方向性も流動的ではあるが、途中経過として出されているものには、冒頭の3点以外に例えば、(1)債務不履行の一元化(損害賠償の要件を「債務の本旨」に従った履行がされなかったこと一本で考え、不可避の事由による不履行は免責されるものとする)(2)契約締結過程における信義則上の義務の明文化(3)不安の抗弁権や事情変更の原則の明文化(4)新種契約(今のところ、ファイナンス・リース契約、流動性預金契約、仲立契約の3種類)の明文化(5)役務提供契約の総則規定の創設(6)消滅時効の見直し(時効期間の短縮、短期消滅時効の整理統合)などがある。このほか、債権者代位権については廃止又は縮減の方向が打ち出されており、また、詐害行為取消権の対象行為に関し破産法上の否認権との整合性をどう図るかも問題とされている。 |
こうした改正の方向性については様々な疑問点もある。実際に同委員会の議論でも多くの委員から種々の点につき異論が出されている。だが、同委員会は来年3月までに改正試案を取りまとめるとの方針を今のところ変えていない。もし予定どおり進めば、来年には法制審が立ち上がり、数年後には債権法の大改正が実現、ということもありうる状況である。我々弁護士が日常業務において最も密接な関わりを持つともいえる債権法が抜本改正されれば、受ける影響も当然大きい。それだけに、今後、全会員が改正の動向に目を配り、実務家の視点から積極的に意見を述べていく必要があると思う。なお、同委員会のホームページに議事録と資料が公開されているので是非ご参照いただきたい。 |
http://www.shojihomu.or.jp/saikenhou/ |
(会員 林 薫男) |