横浜弁護士会新聞

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2000年4月号(2)

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退任にあたって
会長  岡本 秀雄
 この一年間を振り返ってみると、司法制度改革をめぐる一年間でした。就任する前から予測していたとはいえ、大変に目まぐるしいものでした。
 内閣に設置される予定であった司法制度改革審議会にむけて、対策特別委員会を五月に設置し、法曹人口増加、弁護士の法律事務独占及びロースクール問題の重要と思われた三課題につき、当会の合意形成をはかりました。また一二月に開催された県民集会のテーマも司法改革問題を選びました。会長に就任する前に行われる正副委員長会議で意見表明をしたときは、今までとは違ったテーマであったため、英断であるという意見もある一方、成功を疑問視する声も聞かれました。意見書も集約でき、また県民集会も成功裏に終わりホッとしているところです。会員の皆様とくに若い会員の熱心な協力に心から感謝しています。
 「理事者からのお知らせ」を毎月一回発行し、会の情報をなるべく速く会員に伝えることを心がけましたがいかがでしたでしょうか。名古屋弁護士会との交流の成果です。この場を借りて同会に厚く御礼申し上げます。
 積年の念願であった、一階ピロティ部分の使用も横浜地方裁判所の佐藤歳二所長の御好意により使用許可を戴き、工事に着工できる運びとなりました。今後の会の活動に大きく資することができ同所長に心から感謝する次第です。
 実現できなかったこともあります。それは次年度の永井執行部にお願いすることとしましょう。
 一年間大過なく任期を全うできたことは、会員ほか多くの方々の御協力御支援の賜と感謝しております。本当に有難うございました。大変ではありましたが、また多くのものも得ることができました。
 一年間有難うございました。
平成11年度常議員会を振りかえって
副議長  箕山 洋二
 永井議長が平成一二年度の会長となるため、今後は自分の記事が多くなるからということで、執筆を仰せつかりました。
 二月の段階での執筆であるため、二月までの常議員会について総括してみたい。本年度は一回の臨時常議員会を含め、合計一二回開催された。三月には二回予定されているので、合計一四回の開催となる。
 常議員会レポートの冒頭に毎回紹介していた出席状況であるが、出席率は目標の八〇パーセントを大きく下回り、六七・三パーセントであった。皆勤賞の対象者が四名であるのに対し、二回出席したのみの二名を含め六回以下(半数以下)の出席者が一二名を数える有様であった。立候補までして常議員となりながら、残念なことである。近年、期毎の人数が増加し、常議員の定数を再度増加しなければならないか、との議論の対極にある出席率といえるのではないだろうか。
 人事委員会が創設されたことで、形式的な議論でなく、実質的な議論をする時間が増えたことは喜ばしいことである。本年度は、悪法ではないかといわれる法案が多数成立し、又、県警本部の不祥事等により、会長声明が多数出され、臨時常議員会も開催され、熱心に議論された。会長声明の出し方については課題も残っているが、多くの会員が興味を持って議論することこそ望ましいのではないだろうか。
 又、会務にたずさわる多くの委員会が、多くの議案を提出し、その熱心な委員会活動の状況が常議員会に伝わってきた。弁護士会が多くの会員による委員会活動によって支えられていることの証左であろう。
 この一年間、永井議長の変幻自在な議事進行のお蔭で議事はスムーズに進行し、副議長は楽をさせていただきました。この一年間多くの会員の協力により、大過なく任務を全うし、退任することができることに、心より感謝申し上げ、退任の挨拶とさせていただきます。
副会長の退任挨拶
会務は面白い
副会長  森田  明
 副会長としての一年は、新鮮な刺激が多く、正直言って会務は面白いと思った。犠牲は払うが、決して損にならない体験である。多くの会員に経験して欲しいと思う。私もあと一〇年間くらい副会長ができれば幸せ(!?)なのだが、そうもいかない。仕事の先延ばしはもう限界である。あちこちの仲間に不義理を重ねた一年でもあった。その反動を考えると、退任後も果たして「楽」になれるか、とても心配ではあるが、ともかく一年間支えていただいた皆さんに感謝して、役員室をあとにしよう。
二兎を追いかけて
副会長  星野 秀紀
 やはり知らないことばかりでした。副会長になるまではホントに弁護士会務の実際は知らなかったです。弁護士会とはこういう風に運営されているのかとわかり、また実に多数の会員と職員に支えられていることもよくわかりました。
 やっとわかりかけたら退任挨拶です。いえ、もう一期やりたいというわけではありません。
 満足のいく弁護士業務ができなかったことに内心忸怩たる思いがあります。
 両方の仕事の責任とやりがいからして、両立は無理かもしれないとすら考えています。少なくとも私にとっては、二兎追う者一兎をも得ずの結果になってしまったのではないかと危惧しています。
「おやすみコール」はもうおしまい
副会長  水地 啓子
 この一年本当に大勢の方とお会いし、またお話をする機会を持つことができました。
 第一の出会いは、一年を共にした執行部ですし、事務局の皆さんとも一緒に仕事をすることができました。
 また、人事を担当したお陰で行政関係の方々ともずいぶんお会いしました。照会関係では、照会先への再要請や回答拒否に対する抗議(次期副会長の杉原先生と同様争いごとが嫌いなので、大の苦手なのですが)のお電話もずいぶんしました。市民の方々からの苦情のお電話も残念ながらたくさん聞きました。
 あまり嬉しくないお話も勿論ありましたが、一年を振り返ってみるといろいろな方に本当に良くしていただいたことばかり思い出します。本当にありがとうございました。
 就任のご挨拶で「お役に立ちたい」と書きまして、どれほどお役に立てたか恥ずかしい限りですが、これからは「おやすみコール」はやめて少し早く帰ろうと思っています。
時にはイベント屋のように
副会長  齋藤 芳則
 副会長に就任した当時は大変な仕事を引き受けてしまったとしみじみ思ったものでした。会員数約六八〇名という組織を運営していくということはこれまでに経験のないことであり緊張の連続でした。司法改革の大きな流れの中で県民集会プレシンポが開催され会内論議が活発化しました。私は県民集会や総会の司会及び民暴事件の暴対三者協定調印式の際の司会等を担当したほか、常議員会やプレシンポの準備も担当しイベント屋のような感じでした。参加者の数が気になりましたがいずれもかなりの数の人に参加をいただき成功であったと思います。この一年貴重な体験をさせていただきました。無事終えることができてホッとした気持ちです。一年間御協力ありがとうございました。
驚きと緊張の連続
副会長  佐藤 修身
 疲れた!
 予想通りハードな一年だった。多重会務者の一人として、会務についてはある程度精通しているつもりで臨んだ。そんな自信もどこへやら、驚きと緊張の連続で休む間もなかった。
 正直言って、少し休みたい。
 しかし、本来業務が滞っている。市民窓口に苦情が来やしないかと内心冷や汗ものだった。早く社会復帰しないと、事務所も家庭も共倒れの危険性がある。
 でも、楽しいことも多々あった。忘れ得ぬ想い出となろう。調査室設置と会による会務費一部負担も実現しそうである。副会長職も多少は楽になるのでは?成り手が枯渇しないことを祈ります。
 会員及び職員に感謝!

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