第54期修習生 梅村 真紀 |
弁護士の仕事っていろいろあるんだなあ |
弁護修習の初日、昼食後、事務所に帰る途中、私の指導担当の中村先生がおっしゃいました。 |
「アパート立ち退きの強制執行があるんだけど、それが大変なんだよぉ。二軒あったんだけど、そのうちの一人は訴状送達をした郵便局員が、部屋で首吊り自殺して死んでるところを発見しちゃったんだよね。その部屋に、自殺した人のお兄さんのお骨があって、その処理に困ってるんだよねぇ。そのまま捨てちゃうと刑法上の犯罪になっちゃうよねぇ。」 |
先生は、よっぽど困っている様子で、ことあるごとに、このお骨の話をされます。 |
なんでも、民間で普通にお骨を処理してもらうと、五〇万円くらいかかってしまうそうなんです。 |
結局、先生が、いろいろと交渉をして、無料でそのお骨を処理してもらえることになりました。 |
でも、それを埋葬してもらうためには、火葬証明が必要だということでした。その火葬証明はお骨の箱の中に入っているので、お骨を開けてみなければなりませんでした。そのお骨の蓋を開ける先生の後ろ姿は、何と頼もしく見えたことか…。 |
さらに、そのお骨を区役所に持って行くために、お骨を抱えて、颯爽と歩く先生の姿は勇ましすぎて、目立ってしょうがありませんでした。 |
最終的に、お骨を葬儀屋さんへ運び終わった先生は、とっても疲れた様子でした。 |
先生は、「強制執行っていっても、その前後に大変なことがあるってことを解ってね。」とおっしゃっていました。おかげで十分すぎるほど、解りました。 |
でも、本来の強制執行の日は、私は風邪をひいてしまって行けませんでした。 |
強制執行自体の大変さも知りたかったです。 |
風邪をひいてしまった理由も、少年事件で、少年のお父さんに会うために、山奥にある、アルコール依存症の治療を専門とする病院へ行って凍えたためです。 |
本当に、弁護士の仕事って、訴訟や法律相談以外にも、いろいろあるんだなぁ、ということを実感しています。 |
(指導担当 中村 宏会員)
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ポクポクと木魚のリズムに経のれば……
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会員 大倉 忠夫
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ホビーを余暇の楽しみだとすれば、私の短歌は寸暇の楽しみであってホビーと言うには寸たらずの代物である。電車の中でも楽しめる頭の中の遊びである。「世の中に斯く簡単な趣味はなしカタンカタンカと遊ぶ言の葉」という具合である。 |
高校生のころ石川啄木の「じっと手を見る」とか「三歩あゆまず」の歌を読んで何だか短歌って簡単という思いがしたが、俗塵にまみれて気がついてみたら老齢に近い。朝日新聞の短歌欄に投稿し始めたのは平成元年、五八歳である。 |
投稿を始めて何か月目であったか、私の「アスロック覆い隠して自衛艦の入りし浦賀のさびしき船渠」という投稿歌が「…入りし浦賀の音なきドック」と直されて掲載されていた。 |
新聞紙上に初めて自分の短歌を読む私の心境は複雑であった。真相を知らない読者に対しては詐欺、他の投稿者に対しては不公平、という思いが去来した。短歌の世界では選者の添削は間々あることらしい。まあいいか、という訳で又ボツボツと投稿を続けた。滅多に入選させてくれない。年一回くらいのペースである。 |
「戦中の未熟を詫びて絶句せる師に還暦の生徒らやさし」、「年経りて泣く人もなしそのかみの特攻の島の碑の除幕式」、「人の世の業深ければ弁護士の疲れは癒えず僧になりたし」など、回想系、慨嘆系の歌が入選した。 |
三年前の正月、肌に合わないが憧れる田舎の子よろしく、華麗なる短歌の世界を覗き見しようと角川の雑誌「短歌」を買い、敢えて不謹慎と思われないか危惧しつつ密かに温めていた一首を投稿してみた。 |
「ポクポクと木魚のリズムに経のればよもつひらさか死者踊り出す」この歌が加藤克己氏に拾われて秀逸となった。選評に「軽快なリズム感を巧みに駆使してユーモラスに人間の生と死を表現した。見事な一首。特選にしたかった。詠嘆的短歌をつん抜けて一つの世界をおもしろく拓いた」とあった。 |
ほめ過ぎとは思うが気持ちはいい。これで私は角川「短歌」の定期講読者になってしまった。この歌の場面は何年も前になるが実直な老弁護士の葬儀に列席した時に不意に浮かんだ故人の後ろ姿である。 |
最後に、岡井隆選で特選に入った一首をご披露して筆を擱く。「右は米第七艦隊左手は自衛艦隊火器ひそめ泊(は)つ」観光ガイド調に軽く、どこかで鋭い刺を感じて頂ければ、私の趣味は密かに微笑むのである。 |