2012年11月15日更新
2012年11月7日,東京高等裁判所は,いわゆる「東電OL殺人事件」に関する再審請求事件(請求人:ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏)について,「控訴棄却」の判決を言い渡し,検察側の上訴権放棄により,同日,一審の無罪判決(2000年4月14日)が確定した。 まずもって,上記結論に導いた弁護団とゴビンダ氏の不屈の努力に,心よりの称賛と尊敬の意を表したい。 東京高等裁判所の再審開始決定は,再審請求の申立てがなされた後に,検察側から開示された証拠についてのDNA型鑑定の結果,第三者による犯行の疑いが生じたことをよりどころにしたものである。その後,検察側が有罪主張を補強するため提出した爪の付着物の鑑定結果も,この第三者のDNA型と一致し,検察側は当初方針を転換し,再審の第1回公判冒頭において「被告人は無罪」との意見を述べるに至った。 本件においてまず第1に指摘すべきは,「疑わしきは被告人の利益に」との刑事裁判の鉄則の重要性である。一審判決が,この鉄則に従い無罪判決を言い渡しているにもかかわらず,二審判決は,いくつかの状況証拠だけであえて一審判決を覆してしまった。最高裁判所も,この二審判決を維持し,誤判救済機能を発揮することができなかった。また,この過程で,東京高等裁判所が,検察側の求めるまま,ゴビンダ氏の身体拘束を認めたことに大きな問題があったことも,今となれば明らかである。 第2に問題とすべきは,科学的手法に基づく鑑定結果を過大評価する裁判所の姿勢である。科学的証拠といえども絶対的な真実を表わすものではないのであり,特にこれに反する状況証拠が他に複数存在する場合には,その取扱いには慎重な対応が必要であることも,本件から引き出されるべき教訓である。 第3に,最も問題とされるべきは,検察側の証拠開示に対する消極的姿勢がもたらす弊害の重大さである。本件では,犯行に結びつく直接証拠がない中,当初の見立てに沿う状況証拠を積み上げる一方で,これに反する証拠に目をつぶった捜査手法及び証拠開示についての消極姿勢が,重大な結果を招いたことが明らかである。検察側が,「公益の代表者」としての立場を自覚して,捜査や証拠開示を適切に行なっていれば,もっと早くに自らの過ちに気付くことができたはずである。 検察庁は,「事件当時,今のような高精度の鑑定技術はなく,捜査にも問題はなかった」とし,捜査についての検証を改めて行わない姿勢であると報じられているが,極めて問題である。再捜査を行う警視庁も含め,当時の捜査を徹底検証することなしには,再発防止も信頼回復もあり得ないことを深く自覚すべきである。 ゴビンダ氏は,本件において無実であったにもかかわらず,15年以上にわたって不当に身体拘束を受け,祖国に帰ることも出来ず,家族と生活をすることもかなわなかった。誤判がもたらした人権侵害の結果は重大かつ深刻であり,ゴビンダ氏の無念は察するに余りある。このような悲劇を二度と繰り返さないためには,最高裁判所・検察庁においても,誤判の経緯を徹底的に検証すべきであるし,検察官手持ち証拠の全面開示など,再発防止のための手段として,あるべき刑事訴訟制度の構築・運用が追求されなければならない。 本件のような過ちを繰り返さないためには,全面的証拠開示制度の実現はとりわけ不可欠である。特に,本件では再審請求後に新たに実施されたDNA鑑定の結果が決定的な証拠となったことからすれば,捜査機関の保管する鑑定資料について弁護側によるDNA鑑定の実施を可能にするための制度的な保障が必要不可欠である。 当会としても,まずは上記制度の前提として,捜査機関が収集した鑑定資料を後日,再度鑑定が出来るような状態で適正に保管する制度の法制化を求めるとともに、証拠リストの交付など全面的証拠開示制度の法制化の実現を喫緊の課題として取り組んでいく所存である。
2012年(平成24年)11月14日 横浜弁護士会 会長 木村 保夫
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