ページの先頭です。
本文へジャンプする。
サイト内共通メニューここまで。

会長声明・決議・意見書(2011年度)

司法修習生の修習費用給費制存続を強く求める会長声明

2011年08月11日更新

  1. 司法の機能・弁護士の使命

    日本国憲法は,国民主権,基本的人権の尊重,平和主義の基本原理を高らかに宣言する。そして,その原理を確保するための統治方法として,立法,行政,司法の三権分立を取り入れた。それまで行政の監督下に置かれていた司法を独立させ,国家権力による人権侵害を防ぎ,司法を人権保障の最後の砦としたのである。司法が健全に機能することは,まさに国民の人権保障を全うさせるため不可欠なことなのである。

    この司法を担う法曹は,裁判官,検察官,弁護士である。弁護士は,裁判官,検察官とともに,在野の法曹として司法の一翼を担う責務を負っている。弁護士法第1条が「弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする」と規定しているのは,司法の一翼を担う存在としての,かかる弁護士の使命を宣言しているのである。

    弁護士は,依頼者の代理人あるいは法的アドバイザーといった日常的な業務を通じて,その権利を擁護し実現するといった役割を担っているだけではなく,人権救済申立に対する対応や,国民の基本的人権に関わる問題等に対する様々な提言,無料法律相談など,多種多様な公益的活動に取り組んでいる。今回の東日本大震災においても現地での相談活動等にいち早く取り組んできた。これも司法の上記役割と在野法曹として基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命を自覚しているからにほかならない。
  2. 司法修習の意義と給費制

    裁判官,検察官,弁護士のいずれの道に進むにせよ,司法試験という国家試験に合格することが必要である。しかし,それだけで法曹として職務を遂行する能力を獲得したことにはならない。司法試験は,法曹となるに足る法的知識,法的思考力を獲得しているか否かを問うものではあるが,法曹として職務を遂行するためには,それだけでは十分ではない。法曹は,その法的知識,法的思考を,社会に起こる現実の事件に即して当てはめ,応用し,妥当な解決に導いていく力も備えなければならないのである。そして,この能力は,裁判官,検察官だけでなく,在野の法曹として,市民の権利を擁護し実現する責務を担っている弁護士にも等しく求められる能力である。

    司法修習は,まさにこの能力を身につけ,伸ばすために行われる。司法修習生は,全国各地の裁判所,検察庁,弁護士会において,民事裁判,刑事裁判,検察,弁護の実務修習を行い,法曹三者がどのような活動を行っているのかを現場で学ぶ。それは,実務修習を通じて,裁判官,検察官,弁護士の法曹としてのそれぞれの役割を理解するとともに,その法的知識,法的思考を現実に生じる問題に当てはめ,解決する力を身につけるためなのである。司法修習は,司法を担う法曹を養成するために不可欠な過程なのであり,この制度は,司法修習生のためにあるのではなく,市民の権利の守り手を育てるためにあるのである。そうであるからこそ,司法修習生には厳格な修習専念義務が課せられており,兼業も禁止されているのである。

    司法が国民の人権保障に不可欠であり,その司法を担う法曹実務家としての能力を身につけさせることに司法修習の意義と役割があるのであるから,司法修習は国の責任において行われなければならない。具体的には,国は,司法修習生に対して充実した修習を受けさせると共に,修習専念義務と兼業禁止によって修習期間中の生活費を得る機会を持ち得ない司法修習生の生活を支える責務を負う。

    司法修習生に対する給費制の意義と必要性はここにあるのであって,給費制は,国民・市民のための司法という理念と不可欠に結びついているのである。
  3. 司法修習における貸与制の問題

    司法が三権の一翼を担う重要な制度であるからには,志のある,有能な人材であれば,平等・公平に法曹を目指す機会が法曹養成において保障されていなければならない。尐なくとも,法曹を目指そうとする段階で,経済的に恵まれているかどうかでふるいにかけられるようなことがあってはならない。新司法試験制度発足後,法曹を目指そうとするものは,新司法試験の受験資格である法科大学院の修了までの学費を負担しなければならないが,これに加えて,修習期間中の生活費が貸与となり,これをも返済しなければならないことになれば,経済的に余裕のない者は法曹を目指すことすらできなくなると言っても過言ではない。

    横浜弁護士会は,本年7月20日,横浜情報文化センター情文ホールにおいて,市民シンポジウム「育てよう向日葵」を,約160名の市民・弁護士の参加を得て開催した。このシンポジウムのパネリストでもある市民からの「給費制が廃止されると経済的に裕福な家庭を出た裁判官,検察官,弁護士ばかりになってしまう。経済的に恵まれない人たちの気持ちもわかる法律家が減って,一番被害を受けるのは庶民だ」との発言は,まさにこの危険性を肌身で感じている者からの警告である。
  4. まとめ

    現在,司法修習生の給費制の存廃について,本年5月13日に設置された「法曹の養成に関するフォーラム」で検討がなされており,8月末までにこの問題について一定の結論が出されることとなっているが,座長を中心に,貸与制への移行を前提にした議論が進められようとしている。

    しかしそこでは,我が国の司法の機能,法曹養成における司法修習の意義,重要性についての議論はほとんどなされず,専ら修習期間中の生活費を後に返済することが可能か否かという矮小化された論点から貸与制への移行が論じられており,法曹の養成に関する制度の在り方について検討を行うためというフォーラム設置の趣旨に程遠い議論がなされていると言わざるを得ない。

    上に述べたとおり司法修習は,三権の一翼たる司法を担う法曹を養成するために不可欠な制度であり,それは国家の責任において維持しなければならない制度である。そして司法修習生に対する給費制は,司法を担う法曹を国家の責任を持って育成するための制度であると同時に,志を持ち,有能で多様な人材が法曹を目指しやすい環境を整備するための制度なのであって,我が国の司法が健全に存立するためにはなくてはならない制度である。

 

よって,横浜弁護士会は,ここに改めて,司法修習生の修習費用給費制存続を強く求めるものである。
 

2011(平成23)年8月11日
横浜弁護士会会長 小島 周一

 
 
本文ここまで。