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会長声明・決議・意見書(2008年度)

被疑者取調べの全過程の録画・録音を求める総会決議について

2008年05月23日更新

被疑者取調べの全過程の録画・録音を求める総会決議
 

  1. わが国では、未だに、密室での取調べが行われている。こうした密室の取調べは、暴行・脅迫・利益誘導等による自白の強要を誘発し、虚偽の自白に基づく多くのえん罪事件を生み出してきた。密室で、たった1人で国家権力に相対せざるをえない被疑者にとって、過酷な自白強要の圧力をかわし、えん罪の罠を逃れることがいかに困難なことであるかは、免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件のいわゆる死刑・再審無罪4事件をはじめとする幾多のえん罪事件が、歴史的事実として教示するところである。しかし、わが国は、こうした重大なえん罪事件に何ら学ぶところもなく、虚偽自白によるえん罪を防止するための根本的な対策を講じてこなかったため、近年になっても、愛媛県宇和島市で窃盗事件の犯人として逮捕された男性が無罪となった宇和島事件、富山県氷見市で、無実の者が虚偽の自白により有罪判決を受け、刑に服していたことが明らかになった氷見事件、鹿児島県下で、県会議員選挙に関し公職選挙法違反で起訴された被告人の12名が無罪となった志布志事件、佐賀県下で、連続殺人事件の犯人として逮捕された男性が無罪となった北方事件、栃木県宇都宮市で、強盗犯人として逮捕・起訴された知的障害のある男性が、判決直前に真犯人が判明して無罪となった宇都宮事件など、密室における自白強要の結果、被疑者が虚偽自白に追い込まれたえん罪事件は跡を絶たない。極度に自白に依存したわが国の捜査手続きに制度上の問題があることはもはや明らかであり、密室での取り調べが虚偽自白の温床となっている。したがって、すみやかに、自白強要を防止するための制度を構築することが強く求められている。

    密室における自白強要を根絶し、えん罪を防止するためには、可視化の問題に止まらず、いわゆる「人質司法」の打破、代用監獄の廃止等、重要な課題があるが、上記のとおり自白強要によるえん罪事件が多発している現状に鑑みれば、少なくとも、すべての被疑者について、取調べのすべての過程を録画・録音(いわゆる「可視化」)することが喫緊の課題である。
  2. 取調べの過程が可視化されていない現状は、裁判の長期化という重大な弊害の一因ともなっている。自白調書の任意性や信用性が争われる事件では、取調べ状況の尋問に多大な時間が費やされてきた。その原因は、詰まるところそれは、密室での取調べ状況についての客観的証拠がないことがその大きな要因となっている。に帰する。取調べの全過程が可視化されれば、より客観的・合理的に自白の任意性・信用性を判断することが容易になる。

    2009年(平成21年)5月21日からは、裁判員裁判が実施される。市民にわかりやすい審理が求められるとともに、裁判員に過大な負担をかけないことが求められており、これまでのように、自白の任意性・信用性をめぐって、長期間の審理をすることは許されない。
  3. 世界を見渡せば、密室取調べの弊害に対する反省から、今や欧米諸国の多くで、弁護人の取調立会権の保障、録画や録音、あるいは弁護人の立会いといった形で取調べの可視化が行われ、韓国・台湾をはじめとするアジアの国においても、弁護人の取調立会、取調べの可視化が実施されるに至っている。また、国際人権(自由権)規約委員会は、1998年(平成10年)11月5日、日本政府の報告書に対する審査に基づく最終見解において、わが国の被疑者取調べについて「電気的な方法により記録されることを強く勧告」している。取調べ過程の可視化は、今や国際人権法上、被疑者の供述の自由を確保し、その人権を保障する基準とされているといってよく、わが国の現状は、この基準に照らし、各国に大きな後れを取っているといわざるを得ない。
  4. 検察庁も、2006年(平成18年)7月から、一部取調べの録画・録音の試験的実施を開始してはおり、警察庁も、2008年(平成20年)度中に取調べの一部の録画・録音の試行を開始することを明らかにした。しかし、録画・録音が捜査官の裁量に委ねられ、捜査側に都合のよい場面の切り抜きにとどまるような場合、密室での取調べの弊害が全く除去されないばかりか、かえって、録画・録音がえん罪の隠ぺい手段として利用され、取調べの状況についての誤った判断につながるおそれもある。結局、録画・録音について、捜査側の摘み食いの余地があるようでは、自白調書の作成過程をめぐる争いが無くなることにはならない。中途半端な録画・録音は、可視化の名に値するものではなく、えん罪の根絶にも、裁判の迅速化にも、資するところはない。
  5. よって、当会は、国に対し、裁判員制度の実施を目前に控え、速やかに、すべての被疑者について、取調べの全過程を録画・録音し、これを欠くときは、取調べの結果録取された供述調書の証拠能力を否定する法律を整備することを求めるとともに、被疑者取調べ全過程の録画・録音による可視化の実現のため、全力を挙げて取り組むものである。

 

以上のとおり決議する。
 

2008年(平成20年)5月20日
横浜弁護士会

 
 
本文ここまで。