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弁護士報酬の敗訴者負担の一般的導入に反対する会長談話
2003年01月29日更新
司法制度改革審議会意見書は、訴訟の利用を促進する見地から、弁護士報酬を敗訴者に負担させる制度を一部の訴訟に導入すべきことを提言するに至り、次のように述べている。
すなわち、「勝訴しても弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地から、一定の要件の下に弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させることができる制度を導入すべきである。この制度の設計に当たっては、上記の見地と反対に不当に訴えの提起を萎縮させないよう、これを一律に導入することなく、このような敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取扱いの在り方、敗訴者に負担させる場合に負担させるべき額の定め方等について検討すべきである。」というものである。
これを受けて、現在、司法制度改革推進本部の司法アクセス検討会において、弁護士報酬の敗訴者負担制度の導入に向けた具体的検討が進められている。
確かに、大企業間の訴訟等、弁護士費用の敗訴者負担を導入することにより、訴訟提起を促進する訴訟類型も存在するであろう。しかしながら、現在の同検討会では、「訴訟を利用しやすく」「訴訟の提起を萎縮させない」という上記の制度の目的から離れた議論がなされており、一方では「一律に導入することなく」検討すべきという観点についてもきめ細かな議論がなされておらず、逆に弁護士費用は訴訟費用の一部であるという一般論からの、一般的導入の方向で議論されている。これでは、訴えの提起を萎縮させる効果の方が遙かに大きくなり、意見書の趣旨に全く反することになってしまう。
我々が裁判の実務に携わっている経験からすると、勝訴しても相手方から弁護士報酬を回収できないために訴訟を回避するといったことは極めて例外的である。金銭請求事件で弁護士報酬を負担してもそれを差し引いた額の回収が可能であったり、不動産の明渡請求事件など弁護士報酬を負担してもなお利益が得られるのであれば、訴訟を提起するのが通常である。訴訟を回避するのはそうした利益すらも見込まれない場合、つまり相手方に資力がなく本来の請求も含めて回収の見込みが乏しいか、少額の事件で弁護士報酬を負担すると利益がほとんど得られないような場合などである。
むしろ、一般的な敗訴者負担制度が導入された場合には、訴訟の利用を萎縮させる弊害こそが重大である。
実際の裁判においては、当初から争いのない一部の事件を除き、訴訟の場で原告被告双方が主張・証拠を積み重ねていくことによって事実関係が明らかになっていくのであるから、訴訟を提起したり応訴しようとする段階ではその帰趨は必ずしも明確ではない。それにもかかわらず、敗訴の場合に相手方の弁護士報酬まで負担しなければならないリスクがあれば、訴訟に踏み切ることを躊躇する傾向が出てくることは当然であり、それも当該事件に関する知識・経験や立証手段に劣る側、訴訟に投入しうる労力・経済力に劣る側にとって、その傾向が顕著となる。今般の司法改革が、万が一にも社会的に弱い立場にある一般国民や中小企業などの訴訟の利用を抑制して、国や地方公共団体、大企業など社会的強者の訴訟利用のみを促進するものとなってはならない。
しかも、一般的な敗訴者負担制度の導入による萎縮的効果は、司法がこれまで果たしてきた役割や、今後さらに拡充すべきはずの役割を、逆に後退させることになりかねない。
現在、不法行為による損害賠償を請求する訴訟で原告が勝訴した場合、訴訟追行に要した弁護士報酬は、判例実務上、当該不法行為による損害として被告に賠償が命じられている。これは、原告が勝訴した場合にのみその弁護士報酬を被告に負担させるという、実質的に片面的な敗訴者負担制度となっており、経済的に苦しい立場にあることが少なくない被害者の訴訟提起を促進する役割を果たしてきたといえる。ところが、一般的な敗訴者負担制度の導入は、こうした現行制度とは反対に、被害者に訴訟提起を躊躇させ訴訟へのアクセスを阻害することになる。
特に、同種の先例に乏しい事案の場合には、勝訴敗訴の判断が一層困難であるため、訴訟に踏み切ることへの萎縮的効果が強く働くことは否めない。これまで、公害環境訴訟、消費者訴訟、薬害訴訟、医療過誤訴訟、労災訴訟などといった分野では、被害者が敗訴のリスクを覚悟しつつも訴訟を行い、そうした努力の積み重ねによって後に判例法理が確立されたり、政策の変更を促すなどして、その後の類似被害の救済や防止に繋がってきたと言える。ところが、一般的な敗訴者負担制度が導入され、こうした前例の乏しい分野での訴訟について被害者が訴訟を断念することになると、司法を通じて様々な問題を提起してその改善を促すことも困難となる。
以上のとおり、弁護士報酬を一般的に敗訴者に負担させる制度は、上記意見書が目的とする訴訟の利用促進というより、むしろ訴訟利用に対する萎縮的効果を有するものであって、現在、わが国において司法が果たしている重要な役割を後退させかねないものである。司法アクセス検討会では、意見書が指摘しているような個別訴訟類型ごとの検討を行った上で、導入すべき訴訟類型、導入すべきではない訴訟類型を振り分けて、制度設計を考えるべきである。
横浜弁護士会は、これまで、2回にわたり会長声明等を出して、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入に強く反対してきた。司法アクセス検討会での議論のまとめに入ろうとしている今、改めて、個別訴訟類型ごとの検討を行わないまま、弁護士報酬の敗訴者負担の一般的導入には反対することを宣言する。
そして、市民にとって利用しやすい司法制度を守り、それをさらに充実するための改革こそを実現するために、市民とともに全力を尽くすことを確認するものである。
以上
平成15(2003)年1月29日
横浜弁護士会
会長 池田 忠正
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