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裁判迅速化法案に関する会長声明
2003年01月10日更新
横浜弁護士会 会長 池田 忠正
現在、司法制度改革推進本部において裁判迅速化法案(仮称)が検討されている。これまでに明らかになっているところによれば、その骨格は、全ての裁判について2年以内に1審を終えることができるよう、裁判所と訴訟当事者に努力義務を課す、最高裁に迅速化の状況について検証させる等々である。
憲法第32条が「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定しているように、裁判を受ける権利は国民の基本的人権である。この裁判を受ける権利が真に実現されるためには、裁判が、充実した、かつ迅速なものでなければならない。例えどんなに審理が充実していても、判断にあまりに時間がかかれば、権利の実現にとって意味をなさないとともに、どんなに迅速な裁判であっても、その判断が事実に反していたり、当事者の納得が得られないようでは、やはり裁判を受ける権利が実現したとは言いがたい。
その観点からすれば、裁判迅速化法案を検討するに当たっても、まず裁判の実状を正確に把握することが必要である。新民事訴訟法が施行されて後、1審の判決にかかる期間は年々短縮されてきた。現状では、民事事件においては、1審判決に2年以上かかる裁判は全体の7.2パーセント、刑事事件においては全体の僅か0.4パーセントである。
しかも、例えば民事事件で審理期間が2年を超えるような事件は、その多くが、公害事件、行政訴訟、医療過誤、建築紛争、労働事件などのように、証拠が一方当事者に偏在するなどして、真実を発見することが困難であったり、専門家の意見を必要とするものであったり、あるいは社会の進展に伴って発生した新たな論点や複雑な争点を有するような事件なのである。刑事事件においても、検察官の証拠開示が不十分で、その点を巡る攻防が行われることや、強制捜査権を持たない被告人・弁護人が事実や証拠を収集することに時間がかかることなどが審理の長期化に影響を与えている。
他方、2年以内に審理が終わっている事件についても、迅速な裁判を追及するあまり、以前よりも証人の数が減ったり、現場検証等がなかなか採用されないなど、審理の充実に反する傾向があるとも指摘されている。
もとより、国民の目から見て、1審判決に2年以上かかる裁判の絶対件数が少ないともいえないこと、これらの事件についても早期に終えることが国民から期待されていることは我々も承知している。従って、事件準備の可能な限り、今後とも、審理日程をできるだけ早期に入れるなど審理の早期進行に当事者として努める覚悟である。
しかしながら、裁判迅速化法案が、全ての裁判について2年以内に1審を終えることを制度として目指すのならば、訴訟長期化の原因となっている上記の問題点を解消するための制度改革が不可欠である。具体的には、証拠収集手続の抜本的拡大、刑事事件における全面的な証拠開示、捜査過程の可視化、保釈の拡大等である。さらには、裁判官・検察官の大幅増員、裁判所・検察庁の施設拡充と職員の増員等、司法インフラの整備も不可欠である。
そのような具体的方策の実現なしに、迅速化という言葉、そして2年という数値目標だけが一人歩きをすれば、むしろ、えん罪や当事者の納得のいかない裁判が蔓延することになりかねない。そのようなことになれば、かえって司法が国民から見捨てられ、「法による公正・迅速な紛争の解決」という司法改革の本来の目的すら達成できないこととなってしまう。裁判迅速化法案を検討する際には、まさに充実と迅速が車の両輪として進められなければならないということ、中でも迅速化を妨げている上記問題をこそ解決しなければならないことを銘記し、拙速裁判の弊害が生じないように十分な注意を払う必要がある。
横浜弁護士会は、国民の、充実し、かつ迅速な裁判を受ける権利を一層実現するために、これまで以上の努力を重ねる決意である。 しかし、立法にあたっては、この法律が万が一にも拙速裁判を生み出すことのないよう、裁判充実に向けての方策を同時に進めることを強く求めるものである。
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