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会長声明・決議・意見書(2002年度)
「仲裁法制に関する中間とりまとめ」に対する意見 |
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2002年09月12日更新
平成14年9月12日
横浜弁護士会
会長 池田 忠正
「仲裁法制に関する中間とりまとめ」に対する意見
第1 意見の趣旨
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第2編第4(4)消費者保護に関する特則について
(1) 提示されている案のうち、「消費者と事業者との仲裁契約のうち将来の争いに関するものは無効とする」(B1案)を採用すべきである。
(2) さらに、消費者と事業者の定義については、消費者契約法の定義をそのまま援用することは、消費者の定義が狭きにすぎる点があり検討を要する。 -
第1編第5(8)当事者が出頭しないなど答弁を明らかにしない場合について
「消費者」が現実に出頭し、仲裁人から仲裁手続きの意味と効果について十分な説明を受けたうえで、積極的に手続きの進行を承認した場合に限って、仲裁手続きを進行すべきである。 - 第2編第4(7)項「その他検討すべき事項」として、「労働者と使用者との労働契約のうち将来の争いに関するものは無効とする」(消費者保護に関するB1案と同じ)条項を入れるべきである。
第2 理由
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はじめに
(1) 現在の日本において、「仲裁」というシステムは、十分に理解されてはいない。
こうした消費者契約の中での将来の紛争に関する事前の仲裁契約は、その効力として仲裁の内容とされるべき事項についての紛争については、紛争の内容自体について、裁判の場や他のADR機関での解決を奪う結果となるものであって、事前に将来の紛争内容について予測することができ、かつ仲裁契約条項について十分認識検討した上で契約することのできる専門知識を有する特別の事業者以外の、一般的消費者や専門知識を有しない事業者への適用は、慎重に検討されなければならない。
(2) そもそも司法改革の方向は、2割司法といわれる現状からの脱却を基本的視点とし、国民に利用しやすい司法を目指すものであり、そのために司法の中核ともいうべき裁判制度を充実させるとともに、同時にいわゆる裁判外紛争解決機構(ADR)の充実発展をも目指すものである。
司法制度改革審議会意見でも、国際的な民商事を迅速に解決することが極めて重要になっているとの認識を示した上で、ADRに関する共通的な制度基盤の整備の一貫として、国際商事仲裁協会における検討等の国際的動向を見つつ、仲裁法制(国際商事仲裁を含む。)を早期に整備すべきであるとしている。
ADRは、多様な解決を目指さなければならない。多様な解決機関を準備し、その中での自由競争により、紛争当事者の実情に合致した解決機関での紛争解決を選択できるということが、ADR充実化の本則である。あくまでも選択可能な多様な解決機関の制度整備の一貫としての仲裁法制の整備こそが求められている。
ところが、将来の紛争に関する仲裁契約は、十分要件を吟味しないまま、その有効性が認められると、裁判や他のADRの利用が排除され、しかも一審制の審理を受けるだけであるから、かえって逆に選択可能な多様な裁判やADRの設置・充実化の方向に反する結果となるものである。勿論、そのような仲裁契約の意味について十分理解した上で、さらに仲裁契約による紛争解決を選択する場合には、一つの選択肢が増えることとなり、司法改革の方向に合致することとなる。しかし、このような選択能力がないものにまで、将来の紛争に関する仲裁契約の効力を認めることは、司法改革の方向に逆行するものである。 -
消費者契約に対する特則について
消費者と事業者との純粋の消費者契約において、紛争発生前(契約締結時)の仲裁合意を認めると、次のような重大な弊害が予想される。
しかも、これらの問題は、消費者契約だけではなく、使用者と労働者の労働契約、患者と医師との医療契約、賃貸人と借家人との借地借家契約など、事業者と非事業者個人との間の契約すべてに共通する構造的な問題である。
さらに、たとえ事業者間の契約であっても、その契約に関しては十分な知識が無く、いわば消費者同然という事態は当然予想されるのであって、個人事業者や、中小零細事業者にも共通する問題である。。例えば、最近の事例では、事業者の広告契約にまでクレジットが利用され、広告業者の倒産や債務不履行により広告が実施されない場合でもクレジット代金が請求され続けるという紛争も生じており、クレジット契約に関しては素人同然の事業者も多数存在する。
こうした意味で、消費者契約に関する特則といっても、その場合の「消費者」の定義は、補足説明にあるような消費者契約法の定義に従うことはなく、独自の観点から、広く定義づけられなければならない。消費者契約法は、消費者に特別の保護をもたらす観点で定義されているが(それでも範囲は狭すぎる)、将来の紛争に関する仲裁契約という特別の効力が及ぶ範囲を限定するという観点からの定義が必要である。
(1) 消費者と事業者の消費者契約は、情報量の格差と交渉力の格差の中で大量・迅速な取引が行われるため、何をいくらで買うかという中心的事項を定型的に選択するに止まり、付随的な特約条項を一々交渉することは、現実にはありえない。しかも、契約条項は専ら事業者が作成し、消費者等の個人はこれを包括的に受け入れるほかないのが実態であり、仲裁合意の存在に気づくことすらほとんどないし、仮に気づいたとしてもその重大性を理解したり、仲裁合意の削除を求めることは現実には不可能である。
このことは、訴訟に関する合意管轄条項が事業者に都合のよい裁判所を専属管轄とする形で乱用されている実態に照らせば明らかである。
したがって、仮に本体の契約書と同時に仲裁合意書を別の書面で作成したとしても、仲裁合意書の内容を実質的に交渉して合意したとは到底評価できない。
よって、実質的な選択の機会を保証されない仲裁合意の効力は認められるべきではない。
(2) さらに、こうした契約実態に照らせば、仲裁合意によって、現実には事業者に都合のよい仲裁機関を一方的に選定する結果となることは避けられなければならない。
例えば、訪問販売業界、クレジット業界、サラ金業界、不動産業界、証券業界などが、それぞれの業界団体毎に仲裁センターを設置し、各事業者が契約書の中に「本契約について紛争が生じたときは、○○仲裁センターを専属的に利用する」と定めることは許されない。
同様に、診療契約において医師会側が設置する仲裁機関を専属管轄とし、借地借家契約において、不動産業界の仲裁機関を専属管轄とし、労働契約において使用者団体側の仲裁機関を専属管轄とすることも認められるべきではない。
しかも、事業者側が設置する仲裁機関は東京に集中することが当然に予想されるため、地方の個人は出頭して争う機会さえ事実上奪われる。
消費者被害、医療過誤、労働災害、借家人紛争などは、現行法制度においても証拠面においても個人の側が極めて不利な状況の中で困難な訴訟に取り組み、少しづつ被害救済の判例を開拓してきた歴史がある。ところが、仲裁合意の乱用により、こうした被害救済の取り組みが封じられることが最も危惧される。
(3) 仲裁合意によって、事業者側が選択した仲裁機関以外の紛争処理手続きが排除される結果、訴訟手続を排除するだけでなく、例えば消費生活センターなど行政型ADRも事実上排除される効果をもたらすおそれがある。これは法律上の妨訴抗弁ではないとしても、事実上行政型ADRの利用を回避する効果は実現できることになる。事業者としては、都合の悪い紛争については、公の機関による紛争処理を回避し、業界内の非公開の紛争処理手続きで解決しようとすることが必然的に予想されるからである。
そうなると、年間50万件を超える相談苦情を処理している実績を持つ全国の消費生活センターの役割すら空洞化されかねない。
(4) 原則的に仲裁合意の効力を認めたうえ、合意内容が消費者にとって著しく不当な場合には、消費者契約法10条によって仲裁合意の効力を個別的に否定できるから、一律に効力を否定する必要はない、という意見がある(中間とりまとめのA案またはB3案)。
しかし、管轄や仲裁人の選任、仲裁手続きが明白に不公正な場合にだけ問題があるのではなく、微妙な事実認定や解釈に対立がある紛争について、訴訟を利用できないこと自体が問題なのであり、訴訟による被害救済法理の獲得という取り組みが排除されることは到底認められない。 -
労働契約に対する特則を設けることについて
(1)仲裁合意は、対等な関係・立場にある当事者双方が仲裁の意味を十分に理解した上で自由な真意に基づいて合意することが前提となるべきである。
しかるに、労使関係においては使用者と労働者とは対等な関係・立場にはない。労働契約の締結に際して労働者の採用を決定するのは使用者であり、採用後も労働者個人が使用者に対して対等な立場で交渉することはできない。そのために、憲法や労働組合法は、労働者の団結権・団体交渉権などを保障しているのである。
使用者が採用時に労働者に対して仲裁合意を求めた場合には、労働者は仲裁の意味を理解していなくても、また自由な真意によらなくても、採用されるためには仲裁合意に応じざるを得ない。採用後も労働者個人は使用者に対して対等な立場で交渉することはできないのであり、自由な真意によらず使用者の求めに応じざるを得ない場合が少なくない。このため、使用者が仲裁合意を定めていた場合には、解雇された労働者が裁判を提訴しても仲裁合意が成立していると使用者が主張して裁判が長引いたうえ、仲裁合意が成立しているとされて裁判が却下されるおそれもある。
このような仲裁合意が認められるならば、労働者は、使用者による解雇・労働条件切下げ等の権利侵害に対し、使用者が一方的に定めた仲裁しか利用できず、憲法が保障する裁判を受ける権利を奪われることになる。このような事態は、司法制度改革の理念に正面から反するものであり、とうてい許されるものではない。
したがって、対等な関係・立場にある当事者双方が仲裁の意味を十分に理解した上で自由な真意に基づいて合意することが前提となるべき仲裁制度を、対等な関係・立場にない労使関係にある労働者個人と使用者との間の労働契約に関する仲裁にそのまま適用することは、とうてい認められない。
(2) 労働裁判検討会の審議と矛盾する
同じ司法制度改革推進本部の労働裁判検討会では、労働裁判の迅速化、労働調停制度の導入、参審制導入の検討などが行われている。
もし、新仲裁法でその適用対象から労働契約を除外しないとすると、労働裁判検討会で現在行われている改革のための作業はほとんど無意味なものとなる。
このような同じ推進本部内における著しい齟齬は断じて許されるべきでない。されば、仲裁検討会において労働裁判検討会の改革の方向と整合性をはかるとすれば、新仲裁法から労働契約を除くか、労働契約のうち将来の争いに関するものは無効とするとの特則を設ける以外解決の方法はないと思慮する。 -
欠席による無効主張の失権について
訴訟は最終的・強制的紛争解決手段として失権効を定める必要があるが、「合意による紛争解決手続きの選択」である仲裁手続きにおいては、安易に失権効を定める合理性は認められない。
したがって、実質的な理解と納得が確保できていないことが予想される拡大解釈された「消費者」と事業者との仲裁契約に基づく仲裁手続きについては、安易に失権効を認めるべきではない。「消費者」が現実に出頭し、仲裁人から仲裁手続きの意味と効果について十分な説明を受けた上で、積極的に手続きの進行を承認した場合に限り、その後の手続きを進めるべきである。
これは将来の紛争と現実に生じている紛争とで違いはない。「消費者」に関しては、将来の紛争に関する仲裁契約は無効とすべきであるから、その案が採用されれば問題事例は発生しない。ただ、別の案が採用された場合はもとより、現実に発生した紛争に関する仲裁契約を「消費者」が締結し、その契約に基づいて仲裁が開始された場合、「消費者」が欠席した場合は、仲裁による解決の意思が確定していることに疑いが生じているというべきである。