1999年12月号(3) |
行政事件での裁判のあり方についてどのようにお考えですか? |
率直に言って、行政寄りで、市民感覚からかけ離れた考え方をしていると思います。私が初めて行政事件の原告となったのは、平成三年に提訴した、茅ヶ崎市が国鉄から買い受けた土地を用途指定の特約に違反して第三者に転売し、それにより国鉄清算事業団に違約金を支払ったことについて、市長の賠償責任を追及する住民訴訟でした。 |
ところが、一審の判決では、契約書上明白な記載に反して、市ではなく土地開発公社が買主であると認定し、しかも用途指定の特約を「架空のもの」と断ずるという信じがたいものでした。控訴審では、さすがにこうした認定はできないと考えたのでしょうが、そのかわりに一審ではあたらないとしていた監査期間の徒過を理由に訴えを却下してしまいました。これらの判断は行政を勝たせるためのあまりにも強引で非常識なものと言わざるを得ません。 |
その事件は結局どうなったのですか? |
最高裁判所で平成八年に原判決破棄差戻しの判決が下りました。そして、差戻し後の高裁で市長が謝罪文を出すことで訴えを取り下げる「和解」が成立しましたが、提訴から決着が付くまでに結局八年もかかりました。また、市民が身銭を切って白黒つけて欲しいと求めているのに、自判せずに差戻しをした最高裁や、強く和解を勧めた差戻し審の裁判官にも強い不満を持っています。 |
裁判が長すぎるという批判はいろいろな方がされていますが? |
その後も住民訴訟を経験したり支援したりしていますが、すぐに数年、長ければ一〇年近くかかってしまい、あまりに長過ぎます。これらの事件では、市民側は手弁当で戦っているわけで、勝っても利益が得られる訳ではありませんから、長引くほど不利になります。それと、監査請求期間が短いなど、制度的に住民側に大変不利にできていて、裁判所はそれを実情に則して柔軟に解釈せずに簡単に住民を切り捨ててしまっています。 |
裁判所のあり方を改善するために、法曹一元や、陪審・参審制度の導入が議論されていますが? |
最高裁の判決でも弁護士出身の方と裁判官出身者とではっきり判断が違ってくることが時々ありますね。ああしたことから見ても、弁護士経験者が裁判官になることで、裁判はより市民の主張に耳を傾けるように変わっていくと思います。 |
陪審については、市民の感覚で判断すべき住民訴訟などには特に適しているのではないかと思います。 |
「日独裁判官物語」を見て、私は日本とのあまりの違いに悔しくて涙が出てしまいましたが、あの中で裁判官が高校で授業をしているところが印象に残りました。日本でも、ぜひ学校教育の中で法律や裁判のことを教えていただきたい。中でも、地方自治と行政を監視するための市民の権利を取り上げていただきたい。この点についての市民の意識が向上することで、地方自治体のあり方そのものがおのずと変わっていくと思います。 |
(インタビュー 副会長 森田 明)
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弁護士になってようやく六か月あまりが経過しましたが、能力的には全く修習生時代と変わっていないというのが現状です。 |
典型的な一日(悪戦苦闘編) |
私は、お気に入りの三つボタンのグレーのスーツに身を包み、今日提出予定の甲号証を携え、颯爽と裁判所に向かう。金色のバッジを光らせながら、警備のおじさんに「こんにちは」とちょっと低めの渋い声で挨拶を交わし、開廷表を一瞥のみで軽く確認し、時間の五分前には、法廷に到着する。最近は弁護士姿もさまになっているなと自己満足に浸りながら、おもむろに、弁護士専用の入口から入廷し、机の上の出頭カードの被告代理人欄に名前を書き込む。 |
被告代理人?私の状況は一変する。 |
ということは、乙号証! |
先程までの余裕はどこに行ったのやら、慌てて書き直していると、横に座っていた女性の先輩弁護士から「あら、間違っちゃったのね、最初はよくあるのよね」私も「ははは、そうですよね、昨日慌てて作ったからですね」なんていうフレンドリーな言葉を交わしつつも、心中は穏やかではない。出番までには何とか修復も終え、ほっと胸を撫で下ろす。 ようやく出番となり、ミスをした素振りも見せず、席に着くと、相手方の席には何と先程の女性弁護士がにこやかな微笑みをたたえている。私ができる精一杯のことは満面の笑みで微笑み返すことだけである。 |
私は、夕陽を背に肩を落としながら、警備のおじさんへの挨拶もそこそこに、ボタンの取れかかった鼠色のスーツにくるまれながら、裁判所を後にする。足取り重く、ボス弁にどの様に申し開きをしようか思案しながら、歩いてきた道を引き返す。 |
今日も長い一日が終わりました。 |
新人弁護士は奮戦するのではありません。常に苦戦しています。 |
クレサラセンターの新設を承認 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
第七回常議員会は出席者二四名を得て開催された。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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[報告事項] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
報告事項として六件の報告がなされた。特に重要なのは、ピロティー使用許可についてである。念願であったピロティー使用(許可)が、前提条件はあるものの、現実的日程として会長から発表がなされ(関連記事四面)、会としても早急に具体的な取組みが必要となったことが説明された。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(副議長 箕山 洋二) |
常議員からズバリひとこと |
初めて常議員となり、徐々に雰囲気に慣れてきているところであるが、準備不足もあって積極的に発言するまでには至っていない。 |
例年は議論が紛糾して夜半までかかることもあると聞いていたが、本年度は議長の進行が上手なのか、常議員の発言が不活発なのか初めてなので比較はできないが、手際よく終わっている印象である。今後は多少議論に参加して、一度くらいは議論を紛糾させる機会を狙っているところである。 |
(46期 菅 友晴) |
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